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樋口雄一の気まぐれBLOG

バッテラ展に行って来た。

昨日4/9渋谷でやっているバッテラ展に行って来ました。
(※バッテラ=バロン吉本×寺田克也の造語です)
前回行った時はバロンさんがいなかったので、
娘のエミリーさんに「父がいる日に又来てください」
と言われていたので昨日は二回目でした。

丁度昨日は二人のライブペイントの日。

前日はバロンさんと寺田さんのトークショーで、
人が一杯だったそうで、今日で良かったかなと思いました。
バロンさんのライブペイントは何度か見ていましたが、
寺田さんのライブペイントは今回が始めて。
下書きも無しで描かれる集中力にはビックリしました。

お二人の本を買ってサインをしてもらいました。
ついでにエミリーさんに写真を撮って頂きました。

すると、そこへ「あの、ひょっとして、樋口さんですか」?
と、声をかけてくれる人がいた。
話して直ぐ気がついた。
向島アート展に参加してくれたイラストレーターのK青年?だった。
そう、お爺さんは「怪人二十面相」の挿絵を描いたあの有名な挿絵画家。

久し振りなので帰りに二人で喫茶店に入って話をした。
ちょっと向島アート展が懐かしくなった。
(もう9年も前の事になります)


野崎家と伸童舎の合同葬

一昨日野崎さんのお通夜に行って来た。
野崎さんは伸童舎の元社長で私がアニメ業界に
デビューするきっかけを作ってくれた人だ。
・・・業績については余りに多いので省略。
(http://www.shindosha.com)
斎場は埼玉の航空公園駅と言うところから車で10分位だった。

祭壇の右側は親族の方々で、
左側に大きなスクリーンがあった。
そこに野崎さんの関わった作品のオープニングとエンディングの
画面が歌と共に流れていた。
鉄腕アトムやジャングル大帝等々。

祭壇に近づいたとき丁度、
009(ゼロゼロナイン)のエンドロールが流れ、
メカデザインの項目でサブマリンの文字を見つけたときは、
ああこれも野崎さんとの仕事だったのだ、
とか宇宙戦艦ヤマト3でもメカデザイン協力で、
サブマリンの名前を見た時は、
一緒に仕事をした時の事をしみじみと思い出してしまった。

野崎さんはまた仕事を通していろんな人に会わせてくれた。
今思えばサンライズの初代社長も二代目社長も、
オフィスアカデミーの西崎さんも(その他・・・?忘れているが)
野崎さんが会わせてくれていたのだった。

斎場は家からはかなり遠かったうえ柏からの出足が遅れて、
一番最後の列になってしまった。
しかし、そのおかげで会いたい人と会えて
話をする事が出来た。

例えば出淵君は宇宙戦艦ヤマトの時に初めて出会った。
(彼は未だ学生だったが、彼もその時の出会いを覚えていた)
その後は大活躍で宇宙戦艦ヤマトの監督もされたと聞いた。

岡本君は私の元部下でアニメやウルトラマン等の特撮ものが大好きな青年だった。
当時のアニメに関しては彼の方が私よりも知識も豊富だった。(笑)
会社を辞めて以来だから、30数年ぶりの再会だった。

野崎さんはまた今回もいろんな人と会わせてくれた。
ありがとうございました。

ご冥福をお祈りします。


あけましておめでとうございます。

2016年の昨年は、いろんな事がありましたが、
全て楽しく過ごす事が出来ました。

2月には車にはねられたり、
9月には少し体調を崩しかけました。
これからはスケジュールと
自己管理をしっかりやります。

年末ぎりぎりで中国からの仕事が無事納品できました。
大変キツかったのですが、最後に
「貴社(日本)の商品作りに対する真摯な取り組み方に感激しました」
と評価してもらえた。

そのほかバンダイのミニプラモの仕事も、
サンライズさんと今迄お付き合いを続けて来たからの結果でありました。
なので来年もますますプレゼンを続けます。

今年は展示会も同じ位やりたいですし、
「う・そ会」も形を変えていろんな場所でやっていこうと思っています。

いつもどこかで皆さんと繋がっていたいと思います。

本年もよろしくお願いします。


2016.12/31 年末のご挨拶

皆様のおかげで、
今年も無事一年終える事が出来ました。

無事どころか楽しい一年でした。
今年は関わった仕事の多くが中国に関係するものでした。

春に関わったAIロボットのデザイン。
このおかげで初めて中国にも行く事ができました。
中国の人は優しいですよ。
(と言うか、私はそういう印象をもちました)

夏にはヒーローもののデザインと、
可愛い系キャラクターのお仕事もしました。
(これは本当にちょっとしたお手伝いだけ)

そして秋から冬にかけては、
ホビー物、これはヘビーだったなあ。(笑)

その合間にプライベートでは、
(プライベートになっていないか?)
春には柊展用に「ブライガー」の二作目を描き、(昨年一作目)
秋には柏で(イデオンがメインの)ロボット絵画展をやらして頂きました。
そして冬、三回目のキャラクターアート展に参加しました。
(ここではイデオン一枚とアクロバンチ一枚を展示)

その中でも秋(10月)のロボット絵画展で描いたイデオンが
バンダイから発売した食玩のミニプラモのタイミングと重なり、
パッケージとおまけのポスターに使ってもらえると言う
非常にラッキーな事になりました。
サンライズとバンダイの関係者の皆様に感謝!
これは五月にファンから情報を頂き半分狙っていたとは言え、
本当に全てが上手くいったと思います。

一年の締めくくりとして、
私は今年65歳を迎えました。
今年から本格的(?)に絵を描く事を決めました。
これからの10年〜(いや30年)が
人生を楽しむ為に残された時間だと思います。
「いつ迄生きるんだお前は!」と言う声が聞こえてきそうです。(笑)

来年がより良い年でありますよう、
皆様のご健康とご活躍をお祈りします。


アトリエ日記8/24

台風が行ったら静かになった。
同時に夏も連れて行ったみたい。

今年の夏は過ぎるのがいつにもまして早かったなあ。
色々仕事が重なって、
田舎にも帰れなかったから、余計そう思うのだ。

まあ自分でまいた(仕事作りの)種だから良いのだけれど。
なぜかそういう時に重なるのが世の常識のようだ。(笑)

10月のアートライン柏「樋口雄一/ロボット展」まであと少し。
頑張って一点でも多く仕上げます。


隅田川の花火大会

4年前に電車の中で
「ハナビハ、ドコニイッタラよくみえますか?」と
声をかけてきたパキスタン人に
「俺についてきたらいい所で見れるよ」と誘った。

その彼が、「今年も花火大会に誘ってください」
と1週間程前連絡してきた。
四年前に初めてあった時は日本に来て未だ一ヶ月だった。
その彼は現在埼玉で自動車の販売会社に勤務している。
日本語もぺらぺらになって、電車の線路も
私よりも良く知っていて驚いた(笑)

遅くなりましたが、
隅田川の花火大会に行ってきました。


アトリエ日記16.08/04

今日は秋葉原UDXでMAGESのベントが秋葉原であります。
一昨年かかわらしていただいたゲームが、
「超銀河船団-1NFINITY-」としてリニューアル配信。
私も行ってきます。


アトリエ日記7/3

漸く下書きが終わり。
先日からトレース作業に入っている。

ラフの段階で何度もデッサンやパースをとり直し、
一応完成した(と思った)後で、
拡大コピーをして、トレース作業に入る。

だが、あきらめの悪い私は、
その拡大コピーを繋ぎあわせる時にも、
パーツを切り刻んで動かしたりする。

何度も下書きを重ねたのに、
原寸になると、そこでもまた気になることが出てくるのだ。

なのでその跡がトレース前の下書きに残る。
いや、ちゃんとした下書きは残っていない事の方が多いが
作業跡は残るのだ。(写真のように)

だが、こうやって作業を進めているときが、
一番楽しくて仕方が無い。
ラフを描いているときは作業が前に進んでいないのが分かるからだ。

今週は楽しい時間が続く。


アトリエ日記6/1

「ぐらこん」集会
昨日は、1年ぶりに「ぐらこん」新潟支部の集会があった。(笑)

※ぐらこんとは、1960年代に虫プロが出版した漫画同人誌的月刊誌「COM」で、
編集部が呼びかけてできた漫画家希望者の投稿組織?
『COM』(コム)は、1967年から1973年まで虫プロ商事から発刊された漫画雑誌。
同時期にガロ1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた漫画雑誌があり、
「君はガロ派?僕はコム派」とか言うように使われた(笑)(私の勝手な解釈です)

私は高校生になってその「COM」の集会に初参加した。
その当時の新潟支部長と副部長とは今でも付き合いが続いている。
もっとも今では私を含むその3人だけになってしまったが
彼らと飲むのはいつも楽しい。

青春時代を語る時この三人は欠かせないのだ。
(一時は三人で共同生活みたいなこともやっていた)
私はイラストレーターになったが、2人はアニメーターになった。
(一人は引退したが一人は今も現役)
この三人で年一回集まって飲んでいるが、
今回その内の一人が、「ぐらこんの集会に行ってくる」と
奥さんに行って出てきたと言う事で大笑い、
その話になったのです。


アトリエ日記5/31

先週末はいろいろありました。
秋葉原でメイドさん達との宅飲み会があったり、
柏にセブンイレブンパーク・アリオ柏店が出来たので(4月/先月)友達と行ってました。

(メイド喫茶に行った訳ではありませんが、
今度此処で知り合った人の店に行ってみようかな)

柏のアリオは勿論北原さんのコレクションミュージアムがねらいです。
一緒に行った人は以前の会社でプロモーションビデオを作った時
北原さんにインタビューをした人?だったか、インタビューした時に立ち会っていた人?
いずれにしても面識がある訳で、いらしたら色々とお話も聴けたのですが、残念でした。
北原さんは前日にいらしていたようです。

展示物そのものも本当に良い展示でした。
昔のアメリカのダイヤモンド店(何店舗か)のショーウインドウには
客集めの為からくり人形?のようなものを置いていたそうです。
その客引きパンダを勤めた?作品の展示です。

当時、毎月一個づつ作っていくつかの店に、貸し出していたもので売り物ではありません。
職人さんの手作りのコレクションです。
そのディスプレイがまた、良く出来ていていくつかのブースが6分置きに動くようになっています。
一カ所が終わって少したつとすぐ次が動き出すようになっている。
結局6分かける5カ所で30分は楽しめるようになっています。

満足して帰ってきました。


5/22 ニッカウヰスキー柏工場 ふれあい感謝ディー

今週末の日曜日、
「ニッカウヰスキー柏工場 ふれあい感謝ディー」がある。
これは年に一回工場の敷地を開放してイベントを行うのだ。

この場所は私が今借りているアトリエ(スペース1033)からすぐの所で、
俺のドライバーでも届くか?というかなり近い距離です。

昔はいつでも?見学会ができたのだけれど、
最近は年に一度この日だけだ。
見学が終わった所で昔はウイスキーが飲めたが
最近は飲酒運転予防の為かアサヒビール
(いつの間にかアサヒビールのグループ)
のノンアルコールビール(子供にはジュース)
が振る舞われます。

イベントは出店やライブも行われますが、
これはそんなに有名人が来る訳ではありませんが、
地元で活動及び活躍している人達が何組も出ています。

是非、週末はニッカウヰスキー柏工場に遊びにきて、
ついでに私のアトリエにも寄ってください。


アトリエ日記(風邪)

久しぶりに風邪をひいてしまいました。
昨日アトリエで仮眠をとった所為のようです。
寒いのか暑いのかよくわからないまま、
そのまますこーし横になっていて、
気がついたら、もう喉が痛い。

それでも午後二時から妻に頼まれた銀座「ギャラリーQ」に、
グループ展の展示会出展用絵画を届けに行ってきました。
(さすが銀座は人が多かった。
特に外国の人((中国の方以外))が多く感じました)
帰りは常磐線のいつもの軌道を逸した寒さも加わって寒気がしてきました。

喉は私のウイークポイントで、
東京に出てきた18歳の時にも、
扁桃腺で文字通り痛い目にあいました。

幸い手術には至らなくて、
注射針で喉にたまった◯◯を吸い出しただけで助かりました。
後悔しているはずなのに、その後も何度か危険な目にあっています。
(此処も文字通り懲りないヤツ)

せっかくのゴールデンウイークなのに
今日はおとなしく家で寝ていようかな。


アトリエ日記 4/25

いよいよゴールデンウイークですね。
待ち遠しい人も多いのではないでしょうか?

我々フリーの人達は、基本毎日が自分のペースで動いているので、
本当はあまり関係ないですが、
社会(街中やクライアント)の雰囲気が変わって来るので
一緒にワクワクします。

そんな中、最近私が夢中になっているのは日曜大工です。
このスペース1033の富澤さんは元々大工さんだけあって、
大工道具が豊富にある為、此処を借りている人達はしょっちゅう何か作っています。
先週は「藤心陶芸教室」の方が「ケリクロ」(足で蹴りながらろくろを廻す椅子とテーブル)を
作っていました。
私は先日アトリエ用のプリンターを買ったので、
それ専用のワゴン(机の下にしまって使う時に
引き出せるもの)を作っています。

アトリエも借りて丁度1周年になります。
今週末は「柏〜◯◯会」でもあるので、
合わせて、何かイベントをしようかと考えています。
お世話になった人に
お礼をしたいと思っていますが、何しようか?
此処に集まるじいさん達はみんな
多分俺より上手くそばが打てます。(笑)

良い季節です。
皆さんも遊びにきませんか?


年末展示会計画

昨日は寒かったねー。
なので、一日中家に籠って仕事をしていました。
ロボットの色指定をしていました。
家にいると楽で仕様がない。

楽が悪いとは思わないが、
あまり楽をしていると作品がたまらない。
作品を残す為にももうちょっと忙しくてもいいかな?と、
贅沢な事を言って見る。

3月は激しすぎた一ヶ月だったけど、
過ぎてしまうとまたやりたくなってしまう。
もともと仕事が遊びになっている人間の性か?
誰にも待たれずにプレッシャーを感じないで仕事をするよりも、
少し催促されている方が終わったときやりきった時の満足感が実感できますね。

さあ、また年末の展示会(個展予定)に向けて
ロボットを描きにアトリエに行って来よう。


アトリエ日記4/10

あー三月は久しぶりに忙しかった。
初めの頃は柊展に出展するブライガーの制作に時間をとられていたから。
後半は中国のある会社からロボットのデザインを依頼されて、
その制作に追われていたから。

そのデザインが終わって最終図面を送ったのが3/31日。
すると4/1日にそのロボットデザインの監修に来てくれと連絡があり、
4/5日から8日迄行ってきました。
一人で海外旅行するのも、中国に旅行するのも初めてでした。

私は方向音痴で道もよく間違えるし、
電車もなかなか間違わずに初めてのところに行けた事もありません(笑)
家族の心配以上に自分自身が、ちゃんと行けるか心配でした。
でも何とかなりましたね。
いくつか危いところもあったのですが。

例えば行きの飛行機の機内に、送ってもらった飛行機の予約の紙、
それと一緒にパスポートをコピーした紙を忘れてしまったり、
帽子は空港でなくしちゃったけど、
携帯をトイレに忘れたとき後ろから大きな声で教えてくれた人がいた。
後ろから追いかけてきてくれた人ありがとう。
おかげで私は此処に帰って来れた(笑)

中国に関しては日本人でもいろんな印象を持つ人がいるけど、
私は元々は何もはっきりした印象を持っていなかったのですが、
今回の旅行で中国にはいい印象を持ちましたね。
また行ってみたい。
この仕事が繋がればその可能性は広がります。


アトリエ日記3/18

いよいよ明日から柏の市民ギャラリー
http://www.stemo.jp/shop/?id=5406
で、柊展(ひいらぎてん)が始まる。

いま私もそこに出展用のイラストを製作中だ。
私の描いているのはもう35年も前にテレビアニメで放映した
「銀河旋風・ブライガー」(ただいまTXで再放送中)

これは私にも思い出深い作品で、
伝説巨人イデオンをやった翌年で身体も気力も疲れ切っていた時に入って来た仕事だった。
・・・・とその当時の事を描こうと思ったが、
そんな時間は無かったのだった(笑)

明日の搬入に間に合うか?
未だ仕上がりは見えていない。
果たして、明日
銀河旋風ブライガーは
「お呼びとあらば即参上!!」
できるか?

確かめに来てください。


アトリエ日記2/5

何か自分の周りで仕事関係にも異変が起きている。

今迄お世話になったクライアントの部署が無くなったり、
ある仕事を一緒にやった人からの、
お金が振り込まれないで困っている。

相手も大変なのだろうが、そんなときは初めに
「申し訳ない。今回の支払はいついつになってしまう」
とお詫びと遅れる理由などの説明が
あるべきだと思うがそれも無い。

これから仕事を一緒にしようと思っているので、
まだそれが誰かは明かさない。
人に弱いところを見せられない質なのかも知れないが、
信用はそんなときでも誠意を見せれるかどうかで、
決まってくるはず。

昨日 土佐堀川(広岡浅子の生涯)古川智映子著 
(NHKあさが来た 原作)を読んでいて思いました。
このままでは信頼関係を結べないな〜。


パソコン修理結果。

今週は色々バタバタしていましたが、
面白い事もいっぱい有りました。
中でもありがたかったのは、パソコンが無事に戻ってきたことです。
しかも無料でして。
一方的FAXをした後、担当者の女性から電話が有り、
色々話を聞いていただきました。
そこで言われた通り受け取り書をまた
折り返しの出来ないFAXで送信しました。
すると私の携帯に何回か電話があったらしいのですが、
気付かずにいました。
折り返し電話しようとすると、
「この電話は折り返し出来ません」になっている。
どうしようもないので放っておきました。

すると家のパソコンメールに、

「本日、受け付けました」

「只今、修理しております」

「本日、発送しました」

とこまめに連絡してきた。
相変わらずこちらからは連絡できないので放置。

すると昨日俺の留守中に東芝から家に小包が届いていた。
引き換え時にお金も請求されなかったというし、
(お金の取引は配送時引き換えでと言う条件にしておいたのに)
中には請求書も無く「このたびは故障でご迷惑おかけしました」との反省文。

これは、ひょっとして、「ココ壱のカツ事件」のお陰か?と思ってしまいました。
先ず、安すぎるパソコンの値段設定。
欠陥有りのシリーズ(本来ならリコールもの)を
安く無名販売メーカーに下取りしてもらい、後で修理費用をもらって対応する。
食材の流通にあんなのシステムがあるのだから、
雑貨や電化製品にもあるのではないかと勘ぐってしまいます。
電話が来たらこんな嫌みでも言ってみようかと思っていましたが、
済みませんでした。

これで、東芝さんのイメージが変りました。
東芝さんは親切で良い会社です。(笑)


メーカーに質問

私及び私の知り合いの多くはMac派だ。
しかし、青色申告会に入って確定申告をするために、
昨年春に初めてWindowsを買った。

本当にそのためにだけ買ったのだ。
青色申告会の方々が「Windowsと弥生ソフトにしてもらわないと
(Macは分からないので)教えられない」と、言われたからだ。
勿論ネットにも繋いでない。

その東芝ダイナブックが昨年の秋に壊れた。
半年も使っていない。
修理に出したら、35.860円掛かると見積が来た。
55.000で買ったのにそれは高すぎる。

何が原因か聞きたくて連絡をとろうとするが、とんでもなくアクセスが悪い。
よっぽどクレームが多くて連絡を取りづらくしているものと思ってしまう。

手紙でも書こうと思ったが修理センターの送り先が、何処にも書いて無い。
爆発物でも送られると思っているのだろうか?
唯一通じたホームページのフォーマットに従った
修理依頼表に自宅の住所を書いただけで集配に来てくれた。

例えば問い合わせの電話窓口はいつも込み合っている。何度電話しても、
「ただ今込み合っていますのであと10分くらいしてから再度おかけください」だ。

メールの対応も一方通行で、こちらからは連絡できない。
見積といつ頃になるかを最初に聞いていたのでそれが一方的にくる。
「このメールアドレスに返信されてもご回答をお送りする事が、できません」と締めくくってある。

電話もできず質問もできないので、FAXで送った。
ただし、「我が家のFAXは送信専用で返信は受け付けられません」として。


成人の日

いつだったか?
俺には無かったのか?
いや、そんなことは無い(笑)
45年前にあったはずだ。
思い起こして見ると、
新潟から東京に出てきて2年目。

すでに仕事は紳士装身具のデザイン室で企画営業の仕事をしていた。
(カフスボタンやネクタイピンのスケッチを描いたり、
試作を作ってはお得意さんに持ち込んでいた)
しかしまだ学生気分(高校生の)が抜けず、
日曜日は水道橋にある講道館に行って部活の様な気分で柔道をやっていた。

いい先輩にも巡り会い、彼女もいたが、
自分のやりたい仕事(グラフィック)では無かったので、気持ちは燻っていた感じ。
通信教育でレンダリングやデザイン&イラスト講座等は受講していた。
レンダリングやデザインは途中で挫折したが、イラストは優秀な成績で卒業した。(笑)

墨田区にアパートを借りて住んだばかりだった。
蔵前の寮にまだ現住所があったので行くなら台東区のどこかだったはず。
だが昼間は絵を描いていて、夜近所のスナックに行って、水割り7杯飲んだ事を覚えている。

これは大人っぽい事をやってみたかっただけだが、
これからは、社会人として責任を取らなければならなくなる
と言うことは真剣に考えた覚えが有る。
当時は真面目な青年だった。(笑)

それから数週間後、
成人式には出なかったにもかかわらず、
台東区から成人認定書みたいなものと国語辞書が送られてきた。

結構思い出すもんだ。
みんなはどんな事を思い出すんだろう?


年始挨拶に行って来た。

まだ仕事関係でも全員に挨拶できた訳ではないですが、
昨日は、昔大変世話になった先輩の会社に
正月の挨拶に行って来ました。
上京してきて最初に入った(紳士装身具のデザイン)会社で、
面倒を見てくれた人達です。
せめて半年に一度くらいは挨拶に行きたいのですが、
昨年は行けませんでした。

思えば私は、このあとも先輩には本当に恵まれていて、
会社を変わるごとに、いい先輩に出合えましたね。
特にグラフィックデザインの仕事をするようになって、
仕事を教えてくれた(強力に記憶に残る)人は2人いて、
二人ともコピーライターでした。
残念な事に今はもう二人共いない。

昨日会って来た人は
私より5歳年上と2歳年上の兄弟ですが、
2人には上京した時からずーっと世話になりっぱなしです。

節目節目に報告に行って話を聞いてもらっているからか、
今でも2人(特に兄)には父親のような気がしています。
この2人にはこれから少しづつ、恩返しをしていきたい。
(ちなみに私はファザコンではありません。(笑))


2016年新年あけましておめでとうございます。

昨年はお世話になりました。
昨年お会いした方も、
お会いできなかった方も
「今年もどうぞよろしくお願いします」。

皆さん、
昨年一年間はどんな年でしたか?
私の昨年1年を一文字で表すと「流」ながれると言う字でした。

クロアチア旅行にも行けましたし、
ジンライガーのアニメ化も決まったり、
色々いい事もあったのですが、
頂いたラッキーが多かったので、
結局は流された1年と感じました。

今年はもっと自分から積極的に、
目的をもって、目標を作り、それに向って、
泳いで行こうと思います。

今朝GHD(現在「気になっている事」を列挙)したら、
あっという間に60個くらい出ました。
あと三日間くらいかけて出るだけ出して、
これらに、プライオリティーを付けて
順番に実行していこうと思います。

何か私と一緒に何かやってみたい
事などがありましたらご連絡ください。
(そう言う話だけでも一緒にする事は楽しいので)

皆さんにとって今年が良い年になりますように祈念します。


年末のご挨拶

2015年もいよいよ本日のみとなりました。

皆さん今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

私はこれから年越しのそばを打ちに
アトリエに常設してあるそば打ち部屋に行ってきます。

来年は何か少しみんなで、
出来る事をやってみたいですね。

また、なにか私にやって欲しい事(イベント)や、
このHPにこうしたらいいとか、ああしたらもっと良くなるとか、
気付いた事がありましたら、ご連絡ください。

また、情報を載せたい人が(不定期のブログでもいいので)
いらっしゃいましたら、お知らせください。


アトリエ日記12/25

皆さんはクリスマスケーキいただきましたか?
我が家は天皇誕生日に全員そろっていただきました。

今年はいろんなことがあったのですが、
まだまだ自分でコントロールできた年ではありませんでした。

なので、意識はもう来年に向っています。

来年はジンライガーもアニメ化になる事が決まりましたが、
それに伴い絵も沢山描いていきます。

まずは、来年3月に柏で「柊(ひいらぎ)展」があります。
ここに参加します。
今年までは、打ち上げの飲み会に参加するだけだったけど、
来年は参加しようと思います。
今年は二度の展示会に参加しましたが、
来年はもっともっと増やしていこうと思います。
来年が勝負の年になる様な気がしています。

アトリエを借りてから、
とりあえず時間が出来たら、
スケッチをして「感」を取り戻す努力をしていました。
スケッチの「感」=「デッサン力」です。
何枚か携帯で自分のスケッチの写真を撮ってみました。
10月からですから、約三ヶ月でだいぶ「感」は戻って来ました。
写真の色が大きく違うのは、写真の向きで部屋の蛍光灯と、
スタンドのライトの違いのようです。

まだまだ上手くはなりますが、似顔絵のスケッチは程々にして、
ロボットを描きます。
来年もこの習性は続けようと思います。

東京に出て来た年に、
1年間365日毎日石膏デッサンして、
漫画家になろうと夢を見ていた事を思い出しました。(笑)


安藤さんのこと。

何度かここでも紹介した気もしますが、
今年2月に104歳になられた安藤さんが倒れた、
と言うことを聞いたのは先月のこと。

柏の定期的に行っている喫茶店で、
「今年10月からお店が閉まっている」と聴いたのは先月。

当然電話は通じない。
心配になっていたがなかなか行けなかった。

先週漸く上井草に行ったついでに神荻窪に廻って、
喫茶店や食堂で聞いたが安藤さんのことは知っていても、
病気の現状は誰も知らなかった。
そこで、輝き停(以前毎月トークショー?をやっていたところ)
に行って聞いて来た。

心臓が原因で倒れたのだが、今は回復に向っているという。
むしろ問題は足で、あれだけ丈夫な足が、
2ヶ月も寝ていたので筋肉が落ちて立てないのだという。

何とか頑張ってアロマフレッシュを復活して欲しい。
安藤さんの元気な姿に多くの人が元気と勇気をもらっているのだから。
なんせ、私の珈琲に目覚めさせてくれた恩人だから。


アトリエ1033の忘年会

昨日アトリエで絵を描いていたら、
時々スペース1033に遊びに来ているSさんが、
「今日これからこの施設内の人と忘年会を開こうという事になったので、
樋口さんも参加してくれないかなあ」と、声をかけられた。

このSさんは4〜5歳年上だが人懐っこいので
ここにきた5月頃から仲良くしてもらっている。

もう四時半で、忘年会場は近いところで5:00からだと言う。
余りにも急だったが、「昨日樋口さん来なかったから」という。
昨日はビッグサイトにロボット展を見に行っていたので、
それは仕様がない。

「夕方妻を迎えにいかねばならないので、
それが終わって時間があったら行く」と伝えた。
妻が能を観終わって帰って来たのは
まだ7:00チョイ過ぎだったので自転車で出かけた。

さすが年輩ばっかりだったが、
地元で身近な人が集まると言う事は
柏で初めてだったので・・・・?なかなか良かった。
(自分の作った「柏〜◯◯会」と柏ビジネス交流会は除く)

いつもスペース1033で見かけても会釈しかしない人が、
裏山の持ち主だったりとか、
同じ施設内にある陶芸教室に二年も通っていた人が
喫茶店「夢」(同じ施設内にある喫茶店)を知らなかったりだとか、
☆いかにこの施設内が分かりにくいかを知る話の1つになります。
添付画像もこの施設内の1つ(笑)
なかなか聞けない話もいろいろ聞けた。

問題はスペース1033の富澤さんの今後の健康だ。
この1年で自分が観た限りでも、
パーキンソン病の進行が早くなっているように感じる。

酒が入ると特に動きが緩慢で危なっかしくなって来た。
まだ70代前半なんだから、
まだまだ頑張って欲しい。


スペース1033 アトリエ訪問

昨日は雨の中を友だちが2人遊びにきてくれた。
そして思った以上にこの場所に興味を持ってくれた。

生憎の雨で施設?をすべて廻れなかったが、
(そんなに広いものでは無いが色々複雑なのだ)
妻が丁度作業場を借りて東京都美術館に今月から飾る額縁を作っていた。
その下にある部屋「男の隠れ家」では、
会員の1人が(40人以上の会員がいるらしい)
納豆のパックのふた開け器具を自作していた。
※これらの施設は数人が(オーナーの富澤さんの許可を得れば)
いつでも自由に使わせてもらえるのだ。

あとは陶芸教室が2つあって、
来月12/5日から1週間ほどだったかな?
このスペース1033内にある
喫茶「夢」で展示即売会がある事などを伝えた。

この敷地内の雑多さ故全体を把握しずらいが、
面白い場所だと言う事には気付いてくれたようだ。
他にも4〜5人が一緒に入れるサウナ付き風呂が有る事など等
未だここには不思議がいっぱいある。

私のアトリエ訪問いつでも受け付けていますよ。(笑)


アトリエ日記

最近アトリエが気に入って入り浸りになっている。
勿論仕事もここでしています。

昨日はいつも(スペース1033)に遊びにきている
Sさん(70)という人を部屋に招待して珈琲を煎れてあげた。

すごく感動して喜んでくれた。
「へえーあの部屋がこんなになったんだー
さすが芸術家はすごいねー」と。
この人はしょっちゅうここへ来て下で
社長の手伝いをしたり飲んでいるうちの1人だ。

ここが物置だったとき、
部屋のなかのものの引っ越しと
掃除をしてくれた内の1人でもある。
彼らが俺の事を芸術家というのは、
デザイナーもイラストレーターも
引っ括めてのことだから仕様がない。

明日はもとクライアント今友だち3人が訪ねて来てくれる。
この車両から見る森の景色は、
きっと三人も驚くだろう。
さあ、今日は掃除しよう(笑)


昨日の仕事

昨日はあるクライアントで定期的な打合せ。
夏にプレゼンしたものが保留になってしまったので、
そこからまた新たにテーマを捜してプレゼン。
改良に改良を繰り返していたゲームの提案。

ここ迄この遊びのテーマは評判悪く、
はっきり言って反対されてきていたのだが、
今回は非常に評判がよかった。
「良いですねー、これは」「発想の転換ですね」
「これなら筐体との連携も出来るし展開が広がります」
と、好感を得た。
が問題は商品化されるかどうか。
幾ら褒められても商品化されなければ役に立たないのと同じだ。
なんとかもう少し内容を詰めて、
商品化迄持って行きたい。


こんな時だから一言。

今国会前では、毎日安保法案に対するデモが行われています。
私は今回一度も行っていないけど心から応援しています。

2015.09/17
日米安保関連法案
私の考え
集団的自衛権を行使できる=戦える国になるという事である。
それを権利だと主張したい気持ちが私には分からない。
戦争を放棄した国=日本でいいじゃないかと思うのだ。

力で国を押さえつける事ができない事はアメリカの今迄やってきた戦争で分かっているはずだ。
日本の原爆、ベトナムの枯れ葉剤、現在のアフガニスタン、イラク戦争の現状。
どれをとっても肯定できる戦争は1つとしてない。

それが分かって日本は戦争を放棄したのでは無かったか?
戦争ができなくなったのはアメリカの決めた憲法だからという人もいるが、それは素晴らしい憲法だった。
(70年も平和が続いた)それをもっと積極的に世界に広めて行けばいい。
そういう積極的平和主義もある。(本来こっちが正しい積極的平和主義と思うのだが)
日本はイスラム教でもキリスト教でもなく、
相手を否定する事もないからどの国とも適意を持たずに交渉ができるはずだった。

日本の政府は70年経って何を学んで来たのだろう?近隣諸国ともまだ仲良くできていない。
相手が悪いというのはどんな喧嘩でも使う常套句だ。
以前あった尖閣諸島で中国がレーダー照射をしてきた事件で
「日本は何にもできなかった」と言う。
その時は日本が戦わない事を宣言しているから何もなかったのだ。
このとき自衛隊が打ち返していたらどうなっただろう。

激しくなれば当然それは戦争になっていた可能性もある。
そもそも自衛隊は本気で中国と戦う気があるのだろうか?中国と戦って勝てると思っているのだろうか?
だからアメリカに守ってもらう必要があるということだろうが、此の場所での戦いは個別的自衛権で集団的自衛権は必要ない。

憲法を変えないで解釈を変えて集団的自衛権を行使する事には反対である。
(国会の審議を聞いていても分かりにくい「安倍くんと麻生くんの話とか、隣の家の火事のたとえとか聞いていて」歴代の首相の歴々より安倍氏が優れているとは思えない。むしろ劣っていると思ってしまう)

十分審議を尽くしたというが、質問には全く答えていなかった。
相手の質問を繰り替えし、意味のない答えで時間稼ぎをしているだけに聞こえた。
特に中谷国防大臣のしどろもどろした返答では、矛盾や言い換えが続いて、
議会を何度も中断させた。彼にはこの職務の荷が重すぎたようだ。
(と言うよりもしっかりした決めごとが何もないのだから、
その場しのぎの答えをしていれば答えが変わってしまうのは仕様がないのだろう)

砂川判決を持ち出して前例が認められているというが、これは(解釈が間違えて捉えている事は脇に置いて)最高裁の判断を基にしているのだ。
にもかかわらず、今回の政府は裁判官が「違法だ」という事にしては、無視している。

何にもまして問題だと思うのは安倍氏がこの夏アメリカを訪問し「夏迄には集団的自衛権を決める」
と未だ審議もしていないうちに約束をしてきた。
事実上立憲主義なんか問題ないと思っているらしく、自衛隊への説明訓練は先に進んでいる。
安倍氏はもはや自分が言ってきた公約、
アメリカとの約束など自分のプライドの為にだけやっているようにしか思えない。

こんな事は前回の選挙で自民党が大量に票を集めた時点で分かっていた。
だから責任は自民党に入れた人にもある。
こんな日に自分も一言残したくてアップしました。

面白いのがネットに上がっていたので添付します。

「超大変だよ。この時代に立憲主義の否定なんて」"ヒゲの隊長動画"に反論動画
http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/09/hige-douga-counter_n_7766354.html


「メカニックデザイナーの仕事論」

いま上野の森美術館で大河原邦男展をやっている。
行く前に読んでおこうと買った「メカニックデザイナーの仕事論」
大河原邦男著 を読み終えた。

先日これを読みながらサ◯ラ◯ズの打ち合わせに行き、
「皆さんもうこれ読みました」?
と聞いたら、誰も読んでいない。逆に、
「樋口さん今からそんな物読む必要あるんですか」?と質問された。

実際の中味はよく知らない事ばかりで、
「私が心がけているのは、たとえアニメの世界であったとしても
「嘘のないデザイン」をすることです」
と、大河原さんは書かれています。

僕は最初の頃はそこまで意識していなかった。
新国立競技場のザハさんと同じで、(いや偏見ですが)
「こんな面白い物を考えたので、あとはお願いします」
と言った感じだった。
僕は玩具のデザインしている延長で
アニメの仕事を引き受けたのでその違いもよくわからなかったのだ。
だから描いている物は物で絵ではなかったかも。

大河原さんがこの本の中でも、
「私はわりと早い時期から「玩具とアニメの関係」は
とても大切な物だと感じていました。
そんなことを言っていたのはサブマリンの樋口雄一さんと
ぬえの宮武一貴さんなど数える程しかいませんでした」
と言ってくれている。ありがたいことだ。

アニメをよく知らなかった当時は、
入り口を間違えたかな?と思ったこともあったが、
この入り方が自分の今を支えているのだと思っている。

大河原さんは最近では人生の残り時間を計算して、
「好きなことをやろうと」家の横にファクトリーを
作り、自分の一番好きな「もの作り」を楽しむそうだ。

私も今迄流されるままにいろいろとやってきたが、
大河原さんに刺激を受けて
「なぜこの仕事をしているか」?
もう一度真剣に考えてみようと思う。


お友達の条件?

つい先日(8/27)柏ビジネス交流会があって行ってきました。
まだ二回目ですがこの会自体はもう42回だったかな?
その位回数を重ねています。

毎回50人前後で、そのうち半数はリピーター、
残りは初参加の人を優先的に選ばれているようです。
柏の起業家が集まって名刺交換を行う異業種交流会です。
私は7年前フリーになってから、
今迄何度もこの異業種交流会に参加してきましたが、
一度もビジネスになりそうな事はありませんでした。
なので、この会を私は友だち作りの一環で参加しています。

当然一気に名刺を沢山いただくのですが、
翌日には名刺を見ても名前と顔が思い出せません。
もともと人の名前を覚えるのが苦手でした。
やっとリーダーはどこにいても見つけられるようになりました。(笑)

学生時代の友だちでも毎日一人か二人づつ覚えて、
卒業する迄には全員と友だちになりました。
(はい、少し大げさに語っています)

社会人になって、プレゼンに行って数人と名刺交換しても、
メインで話していた方くらいしか覚えきれませんでした。
なので、私は最近メールに自分の写真を貼付して出す事にしました。
そしてメールは出しても帰って来ない人のアドレスは登録しない事にしています。
名刺交換をして返事をしないってなんだよ?と思ってしまうからです。

あとこれは基本?だと思うのですが、(私の考える)
フェースブック等の申請に一言も挨拶の無い人には、
認可しないことにしています。
何かを頼む?求めるのに挨拶も無い人というのは、
自分の事は知っていて当たり前と思っているか、
誰彼構わず申請しているのだろうと思うからです。

たかがこのソーシャルネットワークの入り口ですが、
自分の感覚に合う人以外と知り合いになる気にならないだけです。
もし、心当たりのある人はどうぞその程度の私なので、
SNSの使い方も分からない、
なんと心の狭い奴だと思って笑って無視してください。

ちなみに今日は夕方7:00から
増尾の駅から1分の所にある(いってんばり)というのみ屋さんで
クリエーター(及び興味のある方)の集まる「柏〜◯◯会」をやっています。
参加者は下記アドレスにご連絡ください。

会費は1000円ですが、その代わりなんでもいいので一品持ち寄ってください。
ここは「持ち込み自由」の居酒屋さんですが「手羽さき」を売られているので、
できれば焼き鳥以外の持ち込みをお願いします)

携帯:090−4930−2805
mobill:mandalaweb@docomo.ne.jp
PC mail:mandala@kcf.biglobe.ne.jp


ニッポンのマンガ、アニメ、ゲームfrom1989

ニッポンのマンガ、アニメ、ゲームfrom1989
の展示会に行ってきました。
月一勉強会の一環です。

会期
2015年6月24日(水)~8月31日(月)
毎週火曜日休館
開館時間
10:00~18:00 金曜日は20:00まで
入場は閉館の30分前まで
会場
国立新美術館 企画展示室1E
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
主催
国立新美術館
http://www.nact.jp/exhibition_special/2015/magj/
なかなか見所のいっぱいあるものでした。

入場料は1,000円だったのですが、
中を廻っている時すでにこれは情報量が多すぎて、
(特に年表やマンガアニメ・ゲームの紹介)
これは覚えきれないから、後で目録かカタログ的なもの
があれば買おうと思っていました。

出たところで手に取った本が2,500円しました。
ちょっと高いので一旦躊躇しましたが、
他のもの(フィギュアや雑貨やグッズ等)を見た所で
これは書籍を買おうと一気に決めました。
書籍は他のものと比べると(自分の価値観ですが)
情報量が多いのに安いなあといつも思ってしまいます。
(そのせいで家の中で本の整理が付かなくなっていますが)

そのカタログというか書籍は、
メディアアート国際化推進委員会編/国書刊行会
という所から出版されていました。
この業界にながくいるのに
余りにも知らないことが多いので勉強する為に買いました。

来月はギフトショーに行きます。


私の夏バテ対処法?

連日熱中症のニュースが絶えません。

先週(8/5)安藤久蔵さんのところに行って来ました。
(1911年生まれの104歳・現役のコーヒー豆の販売屋さん)
安藤さんの元気の源はなんでしょう?

お店の中にはクーラーも無く、
小さな扇風機が一台廻っていただけでした。
駅から20分程歩いて汗だくになってたどり着いたときには、
冷えた部屋を想像していた私は、
「がっかり」よりも「ビックリ」しました。
扇風機が熱風気になっているのです。

その部屋の中で焙煎をするので、
室温は40度以上になっていたと思います。
焙煎した豆を頼むとビニールの袋に入れてくれるのですが、
その時は(まだ冷めていなかったため)袋が溶けて
下にこぼれました。
そんな店の中で安藤さんは全く元気でした(笑)

安藤さんの元気には敵いませんが、
私の夏の対処方法としては、
(得意なので対処ではないような気もしますが)
夏から逃げない、夏を楽しむです。
(元気だから言っていられる気もします)
美味しい夏の食べ物(スイカ、トウモロコシ、枝豆、ビール・・?)
などをいっぱい食べて、
昼間しっかり汗かいて、夜(クーラーはかけずに)
ぐっすり寝るのが一番のようです。

夏の過ごし方は苦手な人にはこの夏の暑さは苦痛なのでしょうね。


槍ヶ岳

登ってきましたー。

友だちがです。
私は20代に雲取山に登ったのが山登りの最後です。
(情けない)

そんな中、同い年の友だちが、
昨日3日かかった槍ヶ岳登山から無事帰ってきました。

先週の土曜日に電話したら、
「今槍ヶ岳に来ています。最高!生きていてよかったー」
と叫んで写真を送ってくれた。

最近年配者の遭難が多くなったと言われる。
確かに山登りをする人は周りでも多い。

先ずは体力をつける準備(練習)してから
やってもらいたいものだ。
(私の知り合いはみんなやっています)


暑中お見舞い申し上げます。2(アトリエ便り)

皆さん暑い夏を楽しんでいらっしゃいますか?
私は森のアトリエで毎日楽しく過ごしています。

部屋にはクーラーも冷蔵庫もあり、
夏の季節を森の中で満喫しております。
ところが困ったことに、
ここにはいろんな人が集まってきて、
時々は宴会が開かれたりします。

絵を描こうと集中しているのに、
下から声をかけられると、
「ついチョットだけ」参加してしまいます(笑)

ここに集まって来るのは
こうした地元の飲み仲間だけでなく、
(時々道に迷ってあげく不思議な空間に引き寄せられても来ますが)
今日は小学生が集まって
子供の夏休みの工作をやっています。

教えるのはここの富澤さん。
なんせ元大工さんですから道具が何でもそろっています。
竹とんぼを作るのに必要なグラインダーや旋盤もあります。

今回は大工道具を教えてから、釘の打ち方と
竹筆の作り方、竹とんぼ作り等をおしえます。
(私もタカラトミーの「そば打ち名人」を使った
失敗しないそばの打ち方なら教えられますよ)

皆さんも時には遊びに来てください。
その場で挽いた珈琲もお出しできますよ。
いまなら、いつでも冷たいビール冷えています。(笑)


なつだ〜!

25日はこんな格好で、
柏のビジネス交流会のパレードにも参加しました。

柄にも無く永井荷風を気取って本所吾妻橋辺りを歩いてきました。
(みんなには、とらさんを気取ったリチャードギア
・・・を気取っているように見えたようです)(笑)

漸く暑くなりましたが私は夏が大好きです。
最近はニッカの向かい側にあるスペース1033の
敷地の中にアトリエとして借りた一室で絵を描いています。

その部屋の下にいろんな人が集まってきます。
ある人はここの持ち主のTさんを訪ねて、
ある人はこの場所の不思議な雰囲気に迷って・・・

そして、集まった人達でときどき座談会
(昔の女性なら井戸端会議)が行われます。
その場所には業務用の冷蔵庫も冷凍室もあるので、
時々宴会にもなります。
(私もビールをいつも冷やして置いてあります)

みなさんも
休みには是非いらっしゃってみてください。
一歩踏み込めばいいところですよ(笑)
ビールも冷えていますよ〜。


台風一過?

台風も過ぎたのか?無くなったのか?
よく分からないけど、(千葉・柏は)
大した風もなく雨も上がったようだ。

最近打ち合わせ、あるいは普通に会話中に、
スマートフォンや、iPadを持ち出して
話の曖昧な部分を調べながら進むことが多くなった。
(私の話が特別曖昧だからか)これは凄いことだ。

昨日も柏まで営業に来てくれた友だちが、
私の話を聞きながら、
場所や、人の名前を、盛んにチェックしていた。

そうやって見ると
世の中のほとんどの事が順次データーになって、
登録?されていっているということだ。

ちょっと昔のSF映画みたいな時代になってきた。
(このSFという言葉さえも無くなりつつあるそうだ)

曖昧なことが調べられたり、
知りたいことがすぐ分かることはいい。
誰が何を言ったか!?などもすぐに伝わる。

いい方向では今回の国立競技場の建設費が高すぎるという問題で、
白紙撤回まで追い込んだのは、
連日の反対意見がブログやニュースになって
政治家が無視することが出来なくなったからだろう。
(勿論もう1つの問題の世論の矛先を変えよう
と言うこともあるだろうが)

いい方向で?・・・今回の阿部政権が倒せればいいが。

庶民にとって便利なように機能している分にはいいが、
反体制側に廻った時には、恐い気もする。
街の中も定点カメラが設置されて、
立ちションも出来やしない。(しませんが)


御茶日和

昨日は本当に暑かったですね。
でも私はこの夏初めて、暑い中で仕事で
働いていたのでなんか「やった感」がありました(笑)

朝から版下データの納品があって
慌ただしい一日でした。

午前中→上井草→市ヶ谷というルートで廻りました。
市ヶ谷はキャラクターアート展の搬出で、
車で来ていた妻と待ち合わせて一緒に帰ってきました。

市ヶ谷からの帰りは妻とせっかく車できたのだから
「どこかで御茶でもしよう」
と浅草で車を停めたら、目の前に一松という
「料亭カフェ」がありました。
http://www.ichimatsu.co.jp

まだカフェを始めて4日目というところで、
それはそれは優雅な御茶タイムを味わいました。

更に車で南柏に帰ってくる直前、
何回か通る度に気になっていたベトナムカフェが
オープンしていたので入りました。
ご飯もお酒も飲めなかったので、
紅茶をいただきました。
なかなか雰囲気のあるお店でした。

仕事が一段落したため
ちょっとゆったりした一日でした。


7/13誕生日

やっときました誕生日、本日64歳になりました。

最近思っていたことなのですが、
果たして自分の人生は思ったように生きてこれたか?
環境に流されて生きてきたのか?と言うことです。
何とも中途半端な年齢(64歳)ですが、考えてみました。

幸い小さい頃から身体には恵まれて、学生時代はいじめられることも無く、
(私がいじめたかはよく分からない)
親の保護のもとお金で苦労することも無く、
(親が苦労していたかは分からない)
社会に出てもバブル期に入る時期で仕事は自由に選択できた。

かといって好きな業界で働けるかはまた別。
特に才能と起訴能力が必要な業界へは誰もが入れるものではありません。
(所謂スポーツ選手やタレントや芸術家それに起業家)
なので、誰もが努力すれば出来るデザイナーになった訳です。

最初は漫画家になろうとして上京。
漫画家がムリで(ちばてつやさんにアシスタントを断られて)
デザイナーになろうと思ったのですが面接で、
「デザイナーは無理だけどイラストレーターなら採用するよ」
と言われて採用になった。
ここまで考えても、出来ることを選んでいます。

それから、絵が描けるなら、企画も出来るだろうと、
(当時考えていることを先ずは絵にして、それがスケッチ)
いろんなものを描いているうちにロボットを描くようになり、
それがアニメ業界ではメカニックデザイナーと呼ばれた。
決してメカニックデザイナーを目指した訳ではなかった。
しかし、現在その肩書きのお陰で仕事をいただいたりもしている。
まあ、こうした(考えたり、作ったり、やったりする)ことは、
小学校時代から得意なことでありましたから、
好きなことをやりながら、次に気になることをやってきたと言えますかね。

そうやって40年もこの業界で(どの業界だ?)生きてきたのだ。
総括すると、方向は決めていたけれど、
その場その場で少しづつ流されて生きてきたと言えるだろう。
それは今後も続くと思う。
流されたとは言え、目標はあって、
その方向には進んで来たと思う。
そこで出会う人出合う人に恵まれていたことに感謝。

そして最初の自問自答に戻るのですが、
今後は好きなことを好きなだけやる事に絞って行こう
とは思いますが、まだ伸びしろがあるのではないかと思っている。
この辺りが悩みどころです。
しかし、普通に考えてクリエィティブな仕事ができるのは、
あと6年位と思っています。
いや70過ぎても絵を描いたり、近所や或は都内又は田舎で、
イベントをやったり参加したりはしているでしょうが、
一線で活躍できるとしたら70までかな?と思っている訳です。

イベントは儲けようとしていないのでいつも赤字ですが、
それは楽しいので覚悟してやっています。
決してイベントで食っている訳ではありません(笑)


憧れのまんがか集団展示会

5/19日は青砥、立石での打合せを終えて銀座に向かった。
バロン吉元さんの漫画家仲間達が集まる展示会があったのだ。

そこで、森田賢次さん(丸出だめおの作者に握手をしてもらった)
山根青鬼さん(・・・・あかおにさんのよたろう君は良く覚えているのだが、
当時は山根あかおに・あおおに、と覚えていた)
他には一峰大二さん(七色仮面やウルトラマン、黒い秘密兵器等々いっぱいあり過ぎます)
そのた大勢の方の原画が並んでいました。

オープニングパーティだったので
お酒も頂きました。

俺もこの人達の漫画家目指して上京してきた
当時の事を思い出して気分よく帰ってきました。


アトリエお披露目

ほぼ、スペース1033のアトリエが完成した。

昨日は南柏に住む、
友だちをアトリエに誘って
アイデア会議をお願いした。

本人が電車マニアなので、
「この窓いいですね」とか、
散々本体を褒めていた。

それでも無事アイデア出しを終えて夕方別れた。

今日は銀座に行ってきます。


相撲女子と飲み会

先週に引き続き今日もうどんの玄さんと会う予定。

名古屋から相撲女子が来るため
飲み会の場所が両国だったのだが、
本人がドタキャンしたため場所は未定になった。
「そんなら北千住がいい」と言っておいたが採用になるかどうか?
彼女が来れなくなった理由は聞いていないので分からない。

しかし飲み会はそのまま続行。
詩メルのメンバーが数人と「う・そ会」のメンバー数人が集まる。
「う・そ会」のメンバーとは、私が入るので「う・そ会」と言っているが、
実際は、玄さん・たかさん・剛さん・石川さんの
「さぬきうどんをみんなで美味しく食べる会」のほぼフルメンバー。
詩メルのメンバーは、中村さん・他・・・よく聞いていなかった(笑)

玄さんと会うのは
先週決めた7月4日足立区で行うはずだった「う・そ会」を
柏(スペース1033富澤さんの所)でおこなうことにしたので、
その打合せを兼ねて・・・・と言うのはこじつけで、
皆と飲みに行ってきます。

明日はデザインフェスタ、
誰か会える人はいないかな?


「う・そ会」誕生秘話

詩メル(詩とメルヘン)の人は、知っていると思うけど、
う・そ会は「やなせパーティ」が、
無ければありえなかった。

やなせさんの誕生会の二次会で
となりに座ったのがキコさんと言う人で、
玄さんの「さぬきうどんを美味しく食べる会」に
誘ってくれたのだ。

それから、何度か「さぬきうどんを食べる会」に
参加しているうちに
玄さんと「一緒にやってみよう」と言う事になり、
第一回を我が家で行ったのだ。

その時の参加者は、「詩メル」のメンバーだけだった。
20人くらいで、これ以上は我が家では無理だ、
と言うことになって翌年から竹の塚のイベントホールでやるようになったのだ。
(ここからは毎年100人前後となる)

しかし現在も「う・そ会」を続けていて、
引き合わせてくれたのがやなせさんだとすると、
やなせパーティが無くなった今
基本に返って「詩メル」だけの「う・そ会」もあるかも。

そんなとき玄さんが名古屋から埼玉に来て「うどん会」を開く事になっている。
明日行って今年のスケジュールを打合せをして来るつもりです。


アトリエ兼趣味の城

最近、
「樋口さんのHP時々見ていますよー」
と言う人に会う事や、メールを頂く事がある。
なので、そうした人の期待に応える為にも(笑)
なるべく頻繁に更新して行こうと思います。

いやあ、曼陀羅webは一般の人が、
どのくらい見てくれているのかが全く分からないので、
たまにそう言う言葉をかけて頂けると嬉しいのです。

で、最近の私の活動は、
柏のニッカウイスキー工場の向かい側にある、
スペース1033と言う場所を借りて、
そこをアトリエにすべく改良中です。

その場所には元々3両の車両がありました。
元々は電車それがブティックとして使われ、
最後にここに流れてきたのだそうです。

私はその電車の車両一両を借りて
そこを物置兼アトリエにすべく作業をしています。
昨日から、かなり本格的に本を運んでいます。
しかしこれがなかなか進まない。

要は本が多過ぎるのですが、こればっかしは仕様がない。
1000冊〜のゴルフ本は、
この量だから意味と価値があるのであって、
これが10冊や、二十冊ならもう捨てている。

それができないからこの場所を借りたのだ。
だからまあ、あまり急がずに気長にやろうと腹をきめた。

ここをアトリエ兼「趣味の城」にするつもりだ。
置くのは勿論メインはゴルフの本。
他には、そばの本とそば打ちの道具。
更には油絵のキャンバスと作品と位にする。

仕事はこれからも家でやるが、
アイデア出しとかはアトリエでもできる。
スペース1033へ行く機会はますます増えそうだ。


ビッグサイトでオーサさんのトークショー。

先日クロアチアに行ってきた話しをしましたが、
今日はその話しではありません。

その日飛行機に乗り込む前に立ち寄った
成田の本屋でオーサさんの漫画が出ているのを知り
買って読みました。
彼女とは昨年の6月からの知り合いで、
キャラクターアート展で知り合いました。

知らなかった・・・訳ではなさそうで、
何となく知っていたような気もする・・状態。
メールを読み返していたら、
ちゃんと告知してしてありました(笑)

その彼女に本を買って読んだという証拠写真を送ると、
とっても喜んでくれて今2巻目を製作中との事でした。
その彼女の事はアメブロを見ている人には、
知っているのが常識みたいです。

そして本日はビッグサイトやっているコメティアで
彼女のトークショーがあると言います。

スエーデン人の漫画家(アメブロ一位も記録)でも珍しいのに
彼女は美しいのです。
彼女は可愛いと言われるより美しいと言われる方を好みます。
TVに出てもきっと人気は出ることでしょう。
本人も行っている通り問題は年齢(約30?)

先に知っていればそう言う選択肢もあったモノを
少し残念でした。
本日は足立区の竹の塚に行く予定をしていましたので
ビッグサイトにはいけませんが。

ですが今年六月のキャラクターアート展には、
彼女と妻と一緒に出展します。
詳細はまた今度。


事務所を借りる事に。

昨日、物置の本の整理をしていたら、
多過ぎるのともったいないので収集がとれなくなった。

人の物は衣料でも本でもゴミだが、
その人には懐かしい思い出や捨てられない意味がある。
と思う。

私にとってゴルフの本1.000冊以上は、
青春の思い出と辛い時期を乗り切った自分の過去が詰まっている。
そして、私にはその「ゴルフから受けた恩を返す」仕事が残っている。
(ゴルフには「借りた恩は借りた物に返す」というこの言葉がある)

コンテナを借りようとおもったが、
先ずは地元の人に相談しようと
スペース1033の富澤さんのところに行った。

結局そこで電車の一両を月二万円で借りる事になった。
そこは小さな元電車だが、物は全部入れても半分以上は余る。
なのでそこを仕事場兼アトリエ兼物置にする事にした。
本は片側全部並べても余るくらいだ。
本は箱の中に入っていると再読する事も難しいが、
本棚に並んでいると資料として使える。

そして6月のキャラクターアート展の出品作品他
どんどん作品を作って行こう。

先ずは今日は整理した本を捨てる事と、
銀座(ひろ子の二人展添付写真)で待ち合わせ。
仕事の相談に行ってきます。


帰ってきました。

クロアチアに4/9日から19まで行っていました。

15日までドブロクニクのアパートで毎朝絵を描いていました。
ドブロクニクを出たのは
14日のボスニアヘルツゴビナに行った時だけです。

15日からはザグレブのアパートに移り、
そこから4/19帰ってきました。

簡単には紹介できませんが、
本当にきれいな所でした。
絵を描くうえでは何ヶ月ここにいても飽きない場所だと思います。
素晴らしいのは360度が同じレベルの風景な事です。

ただし、20年前まで戦争のあった処ですから、
彼方此方にその爪痕が残っています。
それは大砲のあとであったり、
人々の生活であったり・・・。

それと、安全面ですが、
私自身は全く不安を感じませんでした。
しかし、物を置いて場所を離れてはいけない、
と言うことを強く言われていて、
日本に帰ってきたときはホッとしました。

やっぱり日本は誇れるところがいっぱいあります。
安全面もですが、
70年戦争のなかった日本は凄い。
戦争ボケをもっと世界中に広めていきたいと思います。


いよいよ明日(4/9)クロアチアに出発

ようやく明日となったクロアチア旅行だが、
昨日クロアチアをネットで調べていて
分かった事は、言葉が全く通じそうもないと言う事。
(クロアチア語)

英語でもそんなにしゃべれる訳じゃないのに、
クロアチア語では、お手上げだ。
コミュニケーションがとれないと、
なかなか旅行は楽しめないんじゃないかな?
とちょっと心配もある。

そんな事もあってちょっと不安になり、
計画を立てている妻に予定をさっき聞いた。
それによると今回はホテルではなくアパートを借りたそうだ。

前からヨーロッパの朝市に行って食材を買い
アパートメントで料理をするのを一度やってみたかった。
今回はそれを試すという。
全く言葉の事なんか気にしていない様子。

まあ、ヨーロッパ旅行は俺の初めてなのに対して
妻は何度か行っているので俺は従うしかない。
(本当は1人でゴルフに行きたかったのだが、
 昨今の状況を考えると別行動は控えた方が良いかと思って自粛した)

だから考えを改めて、
せっかく景色と食べ物のおいしい所に行くんだから、
それを楽しもうと思った。
食べ物と景色とかは非常に評判も良く
(載っている写真も)美味しい物はふんだんにありそうだ。
プロシュートが美味しいとか言われているので、
それを買い込んで、やはり評判も良いワインと一緒に
飲み食いを堪能して来よう。

昼間っから酔っぱらい
絵を描いて来よう。


YouTubeの広告で思った事

平日の早い時間や、土日は朝起きるとまず
YouTubeで音楽を聞く(かける)事にしている。

気分によって(&状況によって)クラシック(一番仕事が進む)
JAZZ(ボサノバ含む)や映画音楽などの楽団音楽
(ともにインスツルメンタル)
それからJ-POPや懐メロもたまに聴く。

すると、さいきんは最初にCMが頭についている事が多い。
だいたいは「あと◯秒でスキップできます」
とか、出るのが多いのだが出来ないものも増えてきた。

そうした中で最近よく聞く(?目にする?)のが
茨城県竜ヶ崎第二高等学校の卒業式で歌う「Mai J」の歌う歌だ。
もっとも「Mai J」の歌は覚えていないのだが、
記録映像としてこれは楽しめる。

映っている人の肖像権とか考えたら、難しい問題もあるのだろうが、
本人達の許可さえOKであれば彼ら彼女らにとっても
凄くいい記念になるだろう。

そこで思ったのは、
今年の3月1日の卒業式がその月に放映?されるなんて
デジタル時代でなければありえなかったはず。
ほとんど季節広告は1年前から撮りためて
編集していたアナログ時代と比べたら凄い進歩だ。
(あとauの心温まる新生活応援CMも良かった)

でも、しっかり見てしまうとまた飽きてしまう。
いちいちスキップするのも面倒なのでそのままにしているが、
その内またCMをスキップするソフトなんかが
出てくるのだろうな。

このソフト業界に入る人は
「やっと自分が思い付いたソフトが、
自由に開発できる時が来た」
と思っているのだろうか?

いままで、反射ゲームだけやっていた人には
そう多く望めないが、
あんなもの作りたい、こんなものを作ってみたいと、
イメージがあってこの業界に飛び込んだ人には本当に良い時代になった。
楽しいCMとともに便利で世の中の役に立つ面白いものを期待したい。


今日から1ヶ月クロアチアに行ってきます。

昨日書けなかった、エイプリルフールの一行分です(笑)

本当は4月九日から翌週いっぱい(19日迄)です。
こんな状況で行っていいのか?
と思う事はいっぱいあります。
世界的に時期や事件が起きて不安な状況や、
仕事の流れ的に不安な状況や、
我が家の経済的に不安な状況等々
考えていてもきりがないので、
ここは1つ夫婦で行くのは今がチャンスと思う事にしました。

もっと年を取ったら行くのは面倒になるし、
動くのが辛い状態で海外旅行してもつまらないので、
このタイミングが一番いいかなと思いました。

しかしここで何度も取り上げた、
安藤久蔵さんが85歳まで世界の山に登っていた
と言う話を思い出して
なにもそんなに思いつめる事はない、
単に今回はくじに当たった褒美で行くだけなのだからと思う事にしました。

今日は柏の桜も満開です。
さあ、張り切ってプレゼンに行ってきます。


朝◯◯TV

先週の話になるが、
上井草のついでに西荻に行って安藤久蔵さんの
ところに行ってきた。
(安藤久蔵さん2月4日で104才)

2/4日が誕生日だったので(電話ではお祝いを伝えていたが)
お祝いも含めて行ってきたのだ。
相変わらず元気だった。
3月のハイキングにも誘われた。
今月から毎月山にいくのだそうだ。

お店に入ったときに
「では、また連絡します」と出て行った人は、
朝◯◯TVの人だった。
安藤さんに出演依頼をしてきたのだという。
安藤さんは当然その番組名を知らなかった。

そうだろう、そうだろう、マスコミの人達よ、
今のうちに中国侵略の事とか当事者が、
生存しているうちに聞いておいた方がいい。
と思って聞くと正しくそうだった。

たが、安藤さんは
「あんな人殺しの話、あんまりTVで話したくない」のだという。
そうだろうなあとは思うが、
「今その話をする事はすごく大事な事だから、
出来ればしっかり話をして欲しい」
とお願いだけしてきた。

今は思案中だというが、
104才のリアルな証言を期待したい。


業界話

昨年暮、知り合い(と言っても大先輩)2人が癌で入院した。
そのうちの1人の方(仮にFさんとしておこう)が、
手術も終って退院し、
リハビリ期間も終ったのでお茶でもしようと
3人で上野で待ち合せた。

3人とは、
「Fさんに会いたいので連絡先を教えて」
と連絡してきたMさん。
その三人でルノワールでお茶をした。

(もう1人のKさんは、驚く程元気で、
治療中の正月に病院が休みになったとき「自宅に戻っても良い」
と医師に言われたので一旦帰ってゴルフに出かけ、
ハーフ30台を出して話題になった)

Fさんは思ったより元気でホッとした。
聞けば16キロ痩せたのを、6キロ減くらいに戻したのだという。
彼の口から語られるのは、
モンテソーリーやフレーベルやシュタイナーのこと。
「玩具に携わる人間は知識と技術と研究欲がなければダメだ」、
「経営者は幾らでもいるが、意欲を持った技術者、研究者がいないのは不安だ」
とある玩具会社を心配していた。
この情熱があれば、全然問題ない。

一方もう1人のMさんは
「今月いっぱいで今迄いたゲーム会社を退社します」と、
これからの事を聞くと、
「やっぱり、玩具が好きですから、出来れば玩具をやりたい」。
しばらく就職活動が続くようだ。

ここに玩具馬鹿が三人揃っていました。


私に笑撃を与えた妻の一言(No2)

もう大分昔の事だ。

結婚して三年ほど経って家も狭くなった頃
近所に一戸建ての物件があって見に行った。

するとまだ内装はこれからなので、
「今ならある程度の要望に応えられますよ」
と言うので買う事にした。

引っ越してほぼ荷物も片付いたころを見計らって
妻の両親がお土産を持って新築祝いにやってきた。

その時、妻がとっていた行動は「新築の家の改良」だった。
その部屋は元々和式だったのを
妻がフローリングにしてもらったのである。

押し入れをクロゼットにしてコートを吊せるように、
真中の段をのこぎりで切っている真っ最中だったのだ。

それを見たお父さんが、
「裕子何てことをする!
そんな事をしたら家が壊れるぞ!」と叫んだ。

それを聞いて妻が一言。
「こんなことで壊れたら、クーリング・オフで即返却だ!」


私に衝撃を与える妻の一言(No1)

昨年我が家は2世代続いたゴルフワゴンから、
ホンダの軽に乗り換えた。

税金も安いし、ガソリンの消費量は大違い。
毎日の足代わりに使うには快適である。

内部空間も運転席に座る分には狭さも感じない。
私が後ろ座席に座る事はないのでいい感じである。

しかし、
ゴルフバッグのフルセットが入りづらい。
車内巾が微妙に狭いのだ。

その車で妻と先日近所のスーパーに行った。
その時間は混んでいて屋上のパーキングに止めることになった。
トヨタのクラウンかなにかと
ベンツの間にバックから突っ込んで、
ツラを合わせて止めた。

車から降りた妻が一言
「見栄はったの?」


ギフトショー

毎月一度なにがしかのイベントに出かけている。

それは昨年から友だちと一緒に勉強会として、
始めたものだ。

我々フリーの人は情報が無くなりがちだ。
その為に自分に義務づけて勉強会をしなければならない。

と言うのは昔、イラストレーターの尾崎慎吾さん
(ななはん・アニメーターでもあった)から教わったこと。
彼は4人の同業者と
毎月だったか二ヶ月に一度だったか?
その四人がその日のテーマにふさわしい人を呼んできて
飲み会をしながらその道の専門家の話を聞くと言うものだった。

ある日は日本の先進医療の話だったり、
ディズーニーの話だったり。

そこまでは未だいかないが、その精神は受け継いで、
毎月一回でかける事にしたのだが、
今日、この雪の日になってしまった。

完全武装をして、
気合い入れて行ってこよう。


寒中お見舞い。

我が家は年賀状を出さなくなったので、
寒中見舞いを作って先週末メールで送った。

BCCで送ったので何百人かに送ったと思うが、
返って来るのはほんのわずかだ。

年賀状でもそうだが送るのは一方通行だから、
相手が見ているかどうかも分からない。

メールも同じ事で返って来て初めて繋がっていると感じる。
今日はそんな返事が帰って来た人に会いに行ってきます。


今週の予定

今週の予定
今日は夕方から友だちと飲み会。
4日は告別式。
5日ギフトショー
7日柏アミュゼでおやじイノベーション
8日は元部下の赤ちゃん初見

私の仕事は毎日アイデア
ネタを見つける事。
毎日いつでもどこでも捜しています。

毎日チェックしてます。
タウン誌、
チラシを眺めながらも
本屋に行ったり、
人に会ったり、
歩いていても、
走っていても、
電車に乗っても、
風呂に入っても、
トイレに入っても、
酒飲んでいても、
寝ていても、

時々凄いもうそうする瞬間があります。
ランナーズハイみたいなものですが、
そう言うものは具体的に絵にしていくと
結構難しい問題がある事が多いです。
でも、この仕事は(作業も含めて)
こんな事が大好きです。

アイデアは出るときには、
出て来ますが、
出ないときは出ない(笑)
誰か助けてー
玩具に雑貨にアニメに、
いつでもアイデアは募集しています。


今日のお出かけ

今日の打合せは上井草です。

帰りはまた西荻に行って
コーヒー豆買ってこようかな?

昨年末気がついたのですが(今頃?)
この曼陀羅webも最低1週間に1値度くらいは
更新をしないといけないな、と。

と言うのは、
昨年辺りから時々「曼陀羅web時々見てますよ」
というメールやお言葉を頂いていたのです。

そう言われると嬉しいもので、
俄然やる気になるものです。
このHPは書き込みもコマーシャルも無い状態ですから、
反応もよく分からないのですが、
名刺は毎月いっぱい配っています(笑)

なにせ、
「袖ふれあうのも何かの縁」と言いますが、
私の場合
「となりに座るも何かの縁」と思っていますので、
椅子に座った時、隣の人に興味があったら、
すぐ話しかけます。
皆さん気を付けましょう(笑)

名刺をいっぱい配ると言う事は、
その時だけでも見てくれる人がいる。
とも考えられる訳です。

そう言う人がいつ見ても同じだったら見なくなりますよね。
そんな事を考えたら、せめて
樋口雄一の気まぐれブログで
「今日の動き」程度の軽い文章を
書いていきたいと思います。

※たまにはメールで感想やあなたの近況を教えていただけると嬉しいです。


あれ?休館日!。

昨日は上野の科学博物館のヒカリ展を
知り合いの女性と行く事になっていて、
張り切って行って来たのですが、
・・・休館日でした。(ハハハ)

更に携帯を忘れて、早くついたにもかかわらず、
待ち合わせ場所の改札から動けず、困った。
(幸い暖かかったので助かった)

気を持ち直して、芸大卒業生の卒業制作展を鑑賞。

その後、谷中まで歩いて、開いている店をぶらついた後
彼女の知り合いの店(芸大出身者が集まってつくったという)
レストラン?カフェに・・・
ところが谷中も月曜日は休業店が多いのです。
ここも、あそこも、みんな休業日でした(笑)

仕様がないので開いていたイタリアンの店に入り、昼食。

食事した後、日暮里まで歩いて、談話室◯◯で打合せ。
(◯◯は店の名前、忘れた。古くからある古典的な喫茶店)
ここでの打合せは結構実のあるものになった。
それで良しとしよう。

来月はビッグサイトのギフトショーで会う約束をして別れた。
フリーの我々にとって、何も仕事の予定が無いのは不安だ。
1つでも仕事に関する予定を作って
動き回る事で不安を解消するするしか無いのだ。
(彼女も同じ様な事を言っていた)


今日のお出かけ

今日は上野科学博物館でやっているヒカリ展に行って来ます。
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2014/hikari/
毎月やっている恒例の勉強会の1つです。

幾つかにた様な事をやっていますが、
彼女と行ったあとで一番多くのヒントがあるのは、
やはり昔仕事を一緒にしていた
(昨年までクライアントでしたが、いまは同業者&ライバル)
だからと言うことでしょうか?

いまは協力しあっています。
今日はその打合せも兼ねて、
寒いですが負けずに行って来ます。


昨日のお出かけ

昨日は妻と2人で都内にお出かけ。

日比谷にあるカタール航空へ行って来ました。
昨年末、知り合いの方からクロアチアのクリスマスパーティに招待され、
そこで、クロアチア行きのペアチケットが当たったので、
その確約とチケットを頼みに行って来ました。

ほとんどチケットを頂いたと言っても良い、
ここの支局長Mさんもいらっしゃったので、お礼も言えました。

帰りは、銀座に行ったら絶対食べるWestのシュークリームを
カフェオレと一緒に頂きました。
ここのシュークリーム(カスタード)は最高!
しかしお変わり自由のカフェオレを2杯飲んでお腹ちゃぷちゃぷ。

そしてここも銀座に来たらまずスルーできない伊東屋と、
Mac館にさらっとよって、博品館へ。

博品館ではアイデアのネタ(アニメ)の資料で使おうと思っている
玩具を捜してようやく買いました。
さすが博品館です。何でもあります。
柏ではいくら捜しても無かったのですがすぐ見つかりました。
(高島屋、ビッグカメラ、ヨーカ堂、他)
しかし残念なのは店員に聞いた時「生憎いまうちにはありません」
と言われたのです。未だ若いので仕様がないのかな、
あるいはメーカーからのお手伝いで来ていて分からなかったのかも。
・・・でもやっぱりそれではダメですね。

その後ギャラリー「ゆう画廊」に行って(知り合いの参加している)
「花の絵展」を覗いて帰って来ました。
昨日は金曜なので知り合いの方はいらっしゃらいませんでした。
1/15~24迄開催中!!

南柏に戻るともうPM8時なので、駅近のラーメン店[ぽーかろう」へ。
(普段はこの時間なら家に帰って食べるのですが、
この日は母から「食べて帰って来るように」と連絡があったので。)

南柏は本当に気に入ったお店が少ないのですが、
(本当に少なくお気に入りは3〜4軒しか無い。)お気に入りのうちの1つがここ。
ここのラーメンは全て創作ラーメンなのですがどれも美味しい。
そして、何を食べても後悔した事が無い。
昨日も店を出た後
「やっぱり美味しかったね」と褒めあいました。

ま、そんなに南柏で外食する事は少ないので、
2〜3軒お気に入りの店があれば十分か。


山本高樹さんと永井荷風と安藤さん

先日、柏の高島屋で「昭和幻風景」(ジオラマ展)があった。

開催時に行って来て近所の友達に、
「あれは絶対見に行って来た方がいい」と
強く進めた人(モデラー)が行って来た。

「独特の世界観は本当に凄いですね~
鉄道模型の良く出来たジオラマとは全然別ものでした!!
いや~ビックリしました」。
と、興奮気味のメールをくれた。

山本高樹さんと知り合ったのは、2009年の向島アート展です。
準備で動き回っていた時、
「私の作品もどこかで展示していただけないですか?」
と連絡があって、当時浅草の展示会場に作品を見に行った。
(結果「東向島珈琲店」に展示させていただきました)

その山本高樹さんの展示図録(山本高樹作品集)を持って
一昨日西荻窪の安藤さん(103才珈琲豆屋)
の所に行って来た。
見せたところ「あ、ヒモが載っている」
永井荷風は当時、学生からヒモと呼ばれていました。
安藤さんはそのヒモの講義を直接受けた人でした。

また1人繋がりました。(笑)


懐かしい家

先日西新井の借家に新しい人が決まったので、
内装を確認しに行って来ました。
ここは結婚して初めての家で、10年近くいました。
懐かしい思い出がいっぱいあります。

その当時の事を妻と話してみました。
すごく面白い事だったので書いてみますね。

(妻)
ここに来た人は変わりモノが多かったね〜
あさっぱらから水業始める人
家に上がっていきなりリバースする人
通りすがりのイラン人
夕方、道でこんにちはと挨拶したが最後翌朝まで家に上がり込んで飲んでいく人
あ〜
そういえば
10十畳ほどのリビングに20ほど人の人が上がり込んでの飲み会とか・・・
二重の車座になってインディアンの儀式状態だったねぇw
三件先の家が放火されたり
家の脇を泥棒が駆け抜けたり
いやいや下町炸裂でしたね。

(俺)
確かにいろんな面白い人達がいたね。
>通りがかりのイラン人はルイーズコルドバッチさん
上野で会社を出たところで突然声をかけられたんだ。
「明日、彼女に会うんだけど風呂に入っておきたいんだ」
と夜中の1:00頃声をかけられて、その時間にやっている銭湯は無いからと
家の風呂に入れてあげたんだ。
義理堅い人でその後でお土産もって彼女と挨拶に来たね。

>夕方、道でこんにちはと挨拶したが・・・
ああ,思い出した、「寅」と呼んでいた人ね。
(あんまりいっぱいいろんなことがあったので忘れていた)
彼は中でも不思議な人で、駅で出会うと家まで荷物を持って
くれたり、家の前を行ったりきたりしながら、
呼びかけられるのを待っていて、
声をかけると上がってきて、珈琲を出そうとすると、
「ああ、いいです気遣いしないでください」といいながら、
ポーチに缶ビールを仕込んでいて、
それを飲んで朝までいたっけ?

他にもいっぱいいたけど、
今頃どうしているんだろう?
(勿論この中で、今でもお付き合いしている人もいます(笑))


浅草寺の母子地蔵

先日年始の挨拶回りの途中
表参道から青砥に向かう途中、
地下鉄で浅草に出て浅草寺に寄ったのでありました。

目的は
昨年暮れキャラクターアート展を主催される
龍まんじさんこと漫画家のバロン吉元さんからお聞きした
ちばてつやさんがデザインされたと言う
母子地蔵をお参りするため。

バロンさんの説明ではちょっと分かりにくかったので、
雷門の脇にある交番に聞いたのですが、
ここでもさっぱり分からず、
向かい側の案内所に行って、
いろいろ聞いてもらって漸く捜せました。

この像は満州から引き上げてきた漫画家仲間が、
同胞の為に立てようと言う事です。
(母子像の顔をちばさんらしい優しい表情が出ています)

会員には、
ちばてつやさん、バロン吉元さんの他には(以下敬称略)
森田 拳次(丸出だめ夫)赤塚不二夫(おそまつくん)、
上田トシコ(フイチンさん)、北見けんいち、古谷三敏、
高井研一、横山孝雄、等々
私が漫画を読み出した頃(小中高校正頃)に
大活躍された方々が非常に多いので驚きました。

現在も先生方は毎年決まった日に、
ここに集まってお参りしたあと、
皆さんで食事会(飲み会)をしていらっしゃるそうです。


2014.12.14第47回衆院選

昨日は選挙だった。
私たちは投票には4日前に不在者投票ですましていた。

俺は頭が悪いから人の事をあまり馬鹿とか言いたく無いが、
え?と驚く言い分だったので言う事にする。
行った人と行かなかった人の言い訳である。

「信頼できる人がいない」
「誰に入れても一緒だから」
「自分の一票位でどうにもならないから」
「政治に興味がない」等等等

これらの人に「ばかか!」と言いたい。

入れたい人がいないとか言う人、
まず、本当に当選させたいと思う程、
その人の政治感及び性格を知っているだろうか?
親戚や友だちが立候補している以外あり得ないだろう。

そう言う意味で言うと大体が適当なのだ。
政治家自身が寝返る場合もある。(沖縄仲井眞知事)
選挙違反を犯す事もある。(小渕優子元大臣)

なのに、有権者は何を考えているんだろう?
そう言う人を落とす事で反省を促す事が出来るはずなのに、
お金問題で辞職した大臣や閣僚はそろって
何事も無かったかのように最当選を果たしている。

これらを見ると本当に国民の意識の低さを感じるが、
仕様がない。
選挙に行く人はお年寄りや保守系の人が強く、
人気者や昔から知っている人に投票するので、
なかなか新しい人は出て来れない。

これって、行かない人は、望むと望まないとに関わらず、
「今のままでいいです」
「いまの政治に満足しています」
って事になってしまう事を知らないのではないか!
おじさんはつい怒ってしまう。

選挙は自分の思った人を当選させるだけでなく、
させない為にも使えるのである。

沖縄を見れば分かる。
自民党は完敗した、国民がノーを突きつけたのである。
それは自分たちに身近な話だからと言う意見もある。

しかし、今回の選挙は消費税の引き延ばし問題で
国民に問う形?となっているが、
果たして本当にこれが対立軸になっているか?
そうとっている人がどのくらいいるか分からないが、
(いない事を願うが)
憲法改正や秘密保護法、社会保障問題etc
は人ごとではないはずだ。
これらの法案がそのまま通ったら(と言うことも無いとは思うが)
その原因は投票に行かなかった人の所為でもある!!
ってことを言いたかった。ふぅー。


同郷忘年会

今日は高校時代漫画家になろうと
新潟から上京してきた仲間との忘年会。

当初10人いたグループの仲間も上京と同時に
バラバラになり、
今でも定期的に付き合っているのは
アニメーター1人と、代理店の仕事からは引退して、
管理会社に勤める友だちと私の三人だけ。

もっとも最初からこの三人は仲が良く、
徹夜の「カン詰めごっこ」
(この頃の徹夜は楽しかったなあ)
をしたりしてお互いの家に泊まりに行っていた。

中でも我が家に泊まりに来るときの2人は
大はしゃぎだった。
いくら田舎でも無法地帯ではなかったが、
無免許でバイクを乗せてあげたり、
貸して田んぼ道を走らせてあげたりしたからだ。

夏には川に泳ぎにも行った。
水泳パンツも持ってきていなかったから
素っ裸で泳いだりもした。

そんな彼らと一年に一度か二度の集合だ。
あ、そうだ今度その当時のことを約40年前に漫画にしていた
友だち(現アニメーター)のコピーがあるので載せるね。


現創展

昨日は妻に誘われて、上野の東京都美術館へ。
http://www.i-jmac.com/2013/11/26/現創展/
いやー楽しかった。
とくにパーティのあとのお茶会では、
四人テーブルの向かいにバロン吉元さんが座ってくださって
一時間近くお話を伺うことが出来た。

色々複雑な所でちばさんややなせさんとのつながりも
確認できて本当に価値の主間を過ごすことが出来た。

現創展は11月26日から12月3日までやっています。
皆様ご存知の漫画家さんも大勢いらっしゃいます。
是非、足をお運びください。


北千住の八古屋

 足立区在住が永かった私は(30年)、北千住で多くの店長や、
(この店長はチェーン店ではないので文字通りこの店の経営者たちです)
そこに来る人たちと知り合いになりました。

 そのうちのお気に入りの1つがここ、八古屋。
素晴らしく楽しいお店です。
 いつも行けば、来ているお客の50%以上が知りあいの人という確率です。

 かといってはじめての人が入りにくいと言うことは無く、
はじめての人もすぐに仲間に加われる「乾杯システム」も人気を呼んで、
渋谷辺りからも話を聞いたという人が時々やってくる。

 この店が気に入って渋谷から北千住に引っ越してきたという人もいます。
知っている人がいつも居る店というのは、なんといっても心強い安心感があります。

 私が「柏をもっと面白くする会」(仮)で、
先日話した内容の1つのイメージになっています。
http://1010iemachi.jp/map/info/yakoya/

ぜひ、一度寄ってみてください。


西新井に行って来た。

西新井は結婚して最初の10年くらいを過ごした所。
いろんな思い出が残っています。

友だちを作ることもここで覚えました。

結婚するまでは、近所に友だちはいらなかった。
会社とクライアントと自分の周辺に友だちは沢山いたから。

結婚した当初、妻は毎日私を見送ったあと、
定期を持って実家に帰っていた。
お昼を食べて夕食を食べてから帰ってきていた。
いつも私が帰宅するのは11時過ぎ、その頃には戻っていた。
しかし、いつまでもこれはまずいな、
と思い地元にも友だちを作ろうと思った。

作り方は簡単。
(友だちを作ろうとしている方覚えておくといいですよ)
最初は地元のお店をあちこち行って
気の合いそうな人を見つける。

狙いをつけたら、
(私の場合はイタリアンレストランをやっていた店長のAさん)
そこに1週間、毎日通う。
出来れば同じ時間で人の少ない時間。
そこに行って少しづつ話をする。

1週間すると名前と顔を覚えてもらえる。
あとは週1回以上同じように行くと知り合いになれる。

問題はこの先。
町内会や、彼が地元で遊ぶときには何にでも一緒に参加する。
私の場合は、スキー、ゴルフ、野球、テニス、ボーリング、をやった。
さらに、クリスマス等店のイベントは必須だ。
すると自然に地元の彼の同級生が付いてくる(笑)

ちなみに彼はテニス部だった。
なのでテニス仲間は多かったが、ゴルフはやらなかった。
私はスキーで知り合った彼の同級生達と行ったのだ。

テニスをやる機会は多かったが、
柔道しかやってこなかった私は球技が下手だった。
(テニス卓球を馬鹿にしてきたつけが回ってきた)
それから二〜三年後、上手くなろうと思って
軽井沢合宿を自分で提案して行ったが、
張り切りすぎてそこでアキレス腱を切ってしまった。
(そこからゴルフ一本道に進むのだがそれは曼陀羅webブログで)

一年間十分に遊んだので、
年末に自分主催でクリスマスイベントをやったら、
彼の同級生が20人近く集まった。
私以外は彼の小学生時代から中学生までの地元の友だちと、
高校、大学時代の倶楽部仲間や、友だちだから全員6歳年下だった。

このグループをまとめるために当時流行だした
ワープロを使って「NPC(西新井プレイ倶楽部)新聞」も発行していた。

そのおかげもあって妻にも女性の友だちはかなり出来た。
日本酒の会(地元新潟の酒を手に入れてみんなで銘柄宛)
もやったが、このとき妻の「ひろこ」と言う人が6人もいて
ビックリしたこともある。

今でもその中の三人は「ヒロコーズ」として付き合っているし、
生涯で一番気の合う友だちができたと言っていたのも
この「NPC倶楽部」中の1人の奥さんだった。

勿論今でも西新井は友だちが多くて、
東京で一番落ち着ける場所かもしれない。
柏もこんな環境にしたい。


安藤さんとまたお会いしてきました。

先日仕事で上井草に行った帰りに
西荻窪の安藤さんに会ってきました。

安藤さんは86才のときに海外の山仲間
(ブラジルやコロンビアの人)から頼まれて、
フェアトレードの店アロマフレッシュという
コーヒー豆屋さんを開業しました。

今でも現役で、一人で仕入れから納品(自転車で配達)までされています。
いつ行ってもバイタリティーがあって
安藤さんと話をすると元気をもらいます。
それに話が面白い。
(なんせ芥川や太宰や小林多喜二と言った人が周りに登場する)

先日行った日は、
朝のTBSのラジオ番組で毒蝮三太夫さんとの番組に登場したそうで、
「朝から四人もラジオを聞いた、と言って来たよ」
と言っていました。
(三月にもこの番組に出たそうですが、
今度は三太夫さんからのリクエストだったそうです)
聞いた人いますか?

来年は友だちの娘(三歳の女の子)が四歳になったら、
(二月五日過ぎたら)誘って高尾山に登ってくれる予定です!!
何故四歳になったらというのかは、
「今までの最年少が4才の女の子だったから」だそうです。
今から楽しみ、
その時は一緒に付いていこう!!


入居者募集

西新井の貸家に20年近く住んでくれた方が、
が今月一杯で出て行ってしまいます。
定年で会社を辞められて田舎に帰るのだと言う。

なので今月一杯で西新井の一軒家が空きます。
(竹ノ塚ではないですよ)
どなたか借りてくれる方いませんかねえ。

15坪ほどの小さな家ですが、
二階の天井裏には?二畳ほどのもの入れ
(納戸)も付いていて
収納スペースは結構あります。

一番のいいところは、
西新井の駅から5〜6分くらいで、
その間にAEON MALLがあります。

かなり便利はいいです。
友だちと二人で借りるとかもいいですよ。
10月から入れます。
金額は要相談です。


何でも自分でつくろう!!

今日は
「毎月一回は一緒にイベントに行こう!」

と約束した元クライアントの女性と
幕張メッセに行ってきます。

今日のイベントは
JAPAN DIY HOMECENTER SHOW
http://www.diy.or.jp
ドゥ一・イット・ユアーセルフ展

面白そうですよ。
皆さんもどうですか?!


夏の定番

昨日の夜(8/10)から吹き出し始めた風は、
今(8/11 AM-4:00)現在も続いています。

9日から夏休みのところも多く、
仕事にはあまり影響がなさそうですが、
夏休みで移動する人にとっては大変なようです。

私はこの暑い8月に
田舎に帰ろうとは考えていません。
帰るなら9月です。

そんな中
いよいよ甲子園が始まります。
やっぱり夏はビールと枝豆と甲子園。

これがないと夏らしく無い。
が、
終ると一気に秋がくるのが寂しい。

皆さんの夏のアイテムは何ですか?


最近のネット問題で考えたこと。

最近ネットに関するニュースをよく聞きますね。
事件にまでならなくとも文章で意思の齟齬が起こる事は、
よくあります。

日本語はビジネス文書以外は、
あまりメールに向いていないのではないでしようか?
とくに口語文で書くツイッターやメールなどは、
幾らでも勘違いが起こる可能性があります。

日本語は主語を表記しなかったり、
イントネーションが伝わらないと、
意味がガラッと変わってしまうこともよくある。
それは知っている人同士でも起きるのだから、
知らない人との間では幾らでも起こる可能性がある。

なので、
私はフェースブックでも会った事のない人とは、
友だちにならないことにしている。

まして挨拶もなく申請をして来る人は、
(たとえ共通の友だちが30人以上いたとしても)
無視をしている。
それだけ、知らない人との付き合いは苦手だ。
ツイッターもする気がない。
わざわざ何で自分をそんなに自分を
忙しくするんだろう?と思ってしまう。

ところで、日本人のネット依存度は世界一らしい。
世界中の書き込みのうち70%は日本語だという。

会話まで文字でするようになったら、
それはそうだろうと思う、
が決して自慢できる事ではない。


暑さに負けるな、この人を見よ(笑)

昨日は上井草で打ち合わせの帰りに、西荻窪によってきました。
安藤さんのお店(コーヒー豆の販売店)
フェアトレードの店「アロマフレッシュ」
に顔を出したかったのです。
安藤さんはここのお店を86才の時開業されて、現在103才。

安藤さんが夏バテはしていないかと心配だったのですが、
「お元気でしたかー」と聞くと、
「俺は夏には強いよ、暑いのは大好きだからね」と
いい顔の色つやをしていらっしゃいました。

今でも月水金の週三日は自転車で
三軒茶屋、下北、笹塚、辺りまでは
自転車に乗って配達に行っているそうです。

元気の秘訣を聞くと
「特別なことはしていないが、
仕事で動き回るのがいいらしい」と云うことです。

元々安藤さんは山男でしたから、足腰は丈夫です。
記憶に残る山は?と聞いたら
K-2とのこと、
「山頂まで行けなくて引き返したから」と云うことで
記憶に残っているが、好きな山は?と聞かれると
「みんな」と答えるそうです。
「どんな山にもそれぞれ想い出があって、
あの山は誰々と行ったとか記憶にあるから
みんな忘れられない」という。

想い出と云ったら、何で奥さんが亡くなられたあと
再婚なさらなかったんですか?(50代だった)
と聞くと、「俺には山があったから」
「結婚すると山に行けなくなるからな」と。

あ、ちなみに富士山は70回以上登ったそうです。
清掃にかり出されてとのことでした。


「集団的自衛権」

「ハァ!?なにその反則技」若手弁護士300人が「集団的自衛権」閣議決定に抗議声明
弁護士を探す 憲法 法律 選挙 逮捕 派遣

集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し、抗議する声明を発表した「明日の自由を守る若手弁護士の会」のホームページ
安倍内閣が7月1日に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をおこなったのを受け、「明日の自由を守る若手弁護士の会」は、抗議声明を発表した。
同会は弁護士登録から15年以内の若手弁護士約330人が所属する会。声明は、「政府が憲法の読み方を変えた、なんてありえないっつーの!」など、
若者言葉も交えながら、政府の閣議決定を批判している。
声明の全文は次の通り。
●解釈改憲?ハァ!?なにその反則技。私たちは立憲主義も民主主義も手放すつもりはありませんよ声明
本日、安倍政権は「憲法9条の下でも集団的自衛権の行使は容認される」という憲法解釈の変更を行い、従来からの「自衛権発動の3要件」に
代わる新たな「新3要件」を閣議決定しました。明日の自由を守る若手弁護士の会は、この解釈改憲に強く抗議します。
1.政府が憲法の読み方を変えた、なんてありえないっつーの!
 集団的自衛権の行使は、イコール「他国間の戦争への参戦」。「戦争放棄」「戦力不保持」を宣言する憲法9条を、どう逆立ちして読んだところで、
他国間の戦争に参加してもいい、なんて読めるわけがない。読めないからこそ、9条を変えたいってずっと言っていたジミン党の長期政権の下で、
「自衛隊は戦力ではない」「武力行使をしないからこそ自衛隊の海外派遣が許される」という解釈が強固なものとして積み重なってきたのです。
 それなのに安倍政権は、別な読み方をすることにしたんだっ、と腕力でねじ伏せる感じで、解釈を変えたのです。 
 でも、今まで、集団的自衛権が使えなきゃ日本の未来オワタ、やっぱり戦争放棄はナシで、国家の都合で人を殺せる国になった方がいい、
なんて国民的世論になったことがあったかなー??国民全体がそれを望む現実があるのなら、国会議員も代表者として真摯な議論を重ね、
憲法96条の手続にのっとって憲法改正すればよいだけです。
 そう、だってこの国は、民主主義国家だから!どんな国家へ歩むべきか、それを選ぶのは私たち主権者国民です。そして私たちは時の権力が
決して暴走しないようコントロールするために、憲法を権力に突きつけ、縛っているのです。どんなに「信念を貫くオレ」に酔っていようが、
どんなに「民意」をウザく思おうが、「縛られている」側の政権が独断で憲法の読み方を変えるなんてことが、許されるわ・け・が・な・い。
 現政権は、まさに禁じ手を使って、この国の立憲主義を破壊し、民主主義を終わらせようとしています。 
2.そこにあるのは情念だけ(民主主義が、お嫌いなのね) 
 現政権に、ナチスを真似ようって言ったり、抗議行動をテロと言ったり、「民意」への敵意(おそれ?)があるからこそ、物言う国民を逮捕して
民意そのものを育たなくする特定秘密保護法を作って、さらに自分を縛っているはずの憲法をめちゃくちゃに読み替えちゃっているような気がします。
 理論も科学もないから、笑っちゃうほど空想に近い非現実的な事例ばかり並べ、これに(集団的自衛権の行使で)対処できなければ日本は滅ぶ!
かのような脅しを繰り返すしかなかった。つまり、民主主義も、理論的な議論も、誠実な対話も嫌い、情念だけで政治を動かす政治家が、
国民投票で勝てないって分かってるから憲法改正手続を踏まずに勝手に読み方を変えた。情けないけれど、これが「真相」です。
3.早く立ち上がらなきゃ。まだ、閣議決定だけだから。 
 今、悔し涙を流している皆さん。決して、「これですべて終わった」なんて思わないで下さい。閣議決定されたって、まだ何も具体的に法律が
変わったわけではなく、まだ全然、戦争できる国にはなっていません。閣議決定に基づいた具体的な法律の作成をくい止めればいいのです。
くい止めながら、来たる選挙できちんと意思表示すればいいのです☆彡
 だから、ガッカリしているヒマはないし、ガッカリする必要もない。そのガッカリが招く、「もう何をやってもムダ」という絶望と無関心こそが、
何よりもこの国の、子ども達の未来を壊します。 
 そう、ほんとうに民主主義ってめんどくさいシステム! 
 日常的に政治を見張る余裕はないし、スキャンダルや一時のブームに踊らされることも日常茶飯事です。それでも私たちは、一部の人達に政治を
丸投げしてただ従う、なんてわけにはいかない。民主主義を諦めちゃいけない。この世に1人しかいない誇りある人間として生き続けたいからこそ、
自分のことは自分で決める、自分達の社会のハンドルは自分達が握る。民主主義やーめたという現政権は、国民を誇りある存在として認めていないのです。
それを屈辱だと、おかしいと感じるなら、怒って下さい、アクションを起こし続けて下さい。
 めんどくさいヤツであり続けること、って、ほら、憲法にも書いてあるでしょう。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力に
よって、これを保持しなければならない。」(憲法第12条)
4.めんどくさいヤツであり続ける決意 
 幾万人からなる怒りの輪が首相官邸を囲む様子を見れば分かるとおり、私たち国民は、そんなにアホじゃありません。でも、なぜ政権の暴走を
止められなかったのか、悔やむ時間は、もうありません。あなたとあなたの大切な人、自分より大事な子ども達のために、「めんどくさいヤツ」
であり続けて下さい。私たち「明日の自由を守る若手弁護士の会」は、解釈改憲という禁じ手を絶対に許しません。声をあげ続ける、すべての
めんどくさい皆さんと共に、これからも「あすわか的“不断の努力”」を続けます。
2014年7月1日 「明日の自由を守る若手弁護士の会」
共同代表 神保 大地
共同代表 黒澤 いつき
http://www.asuno-jiyuu.com/
(弁護士ドットコム トピックス)

※あまり政治的な話はここではふさわしく無いと考えて今まで書かなかったし、載せたりしなかったのですが、
最近のもやもやした気持ちを一番分かりやすく表現していたニュースがあったので転記しました(樋口)


誕生日

昨日、7/13日で63才になりました。
たくさんの方からお祝いのメッセージをいただきました。
ありがとうございました。

普通、「過ぎてみればあっという間」と云いますが、
よくよく考えてみればそうでもなく、
人生って長いなあと思った事も、何度かあります。

やはり一番辛かったのは不安神経症(自己判断)の時でしたね、
幸い、心も体も動かなくなるような事はなく、
不安はあっても体は動いたので、人には知られないよう隠しながら
なんとかここまでこれました。

人並みに怪我もしました。半身やけどで3ヶ月の入院を始め、
網膜剥離や、アキレス腱断裂で二ヶ月ギブス、
腹筋裂傷、これらは手術でなんとか切り抜けましたが、
頸肩腕症候群は24時間激痛があって1週間眠れませんでした。
体が思うように動かせなかった辛さもありましたし、

また、
病気や怪我以外でも、
人生や仕事で出来ると思っていた事が出来なくて、
落込んだ事も何度もありました。
その度に誰かに支えられ
63才を迎えられました。

でもね、
こうしていろんな人と知り合って一緒に何かやれたり、
仕事がつながったり、遊べていられるのは、
みなさんのおかげだと思っています。
(特に数人には本当に世話になって現在も感謝しています)

まだまだ、思った事の半分も上手くいっていませんが、
これからだと思います。
もう少し見ていてください。
一緒にやろうという方はどうぞ一緒にやりましょう。


今日の動き

昨日は久々に池袋で打ち合わせ。
そのあと
ある会社を辞めて、自分で事業を立ち上げる準備をしている人と食事。
話して見れば彼の前歴は同じ玩具業界の人。

しかし先の会社に入ってデジタルの事をやってきたので、
これからはその業界で活躍していこうとしている。
デジタルコンテンツの業界も厳しいのでしょうけど、
仕事は自分で、或は仲間と組んで
どんどん作っていく事が出来るんですね。
ちょっと聞いていて楽しくなりました。

その後神田でカメラマンと打ち合わせ、
「五泉アロニア」の撮影をお願いして帰って来ました。

今日は、上井草で打ち合わせ。
その後荻窪で「タンサー5」
https://www.youtube.com/watch?v=fX9FnIW8KyU
と「アクロバンチ」で
一緒に仕事した四辻さん(当時監督)と久しぶりの飲み会。
何年ぶりだろう?楽しみだ。


5/14ノート紛失。

昨日スカイツリーに行く途中、
電車の中にノートを置き忘れてしまった。

今日になっても出てこない。
多分捨てられたかな。

お金が入っていた訳ではないが、スケジュールと
ディリー(自作:怠惰な自分を動かすための工夫した優れもの?)
あとは日記帳が1冊になったA5のノートだ。

他の人には何の役に立つ物ではないのに、
出てこないのは何故?。

昨日は、14時に南柏から常磐線(千代田線)に乗った。
暑かったので上着を脱いで、膝の上に置いたトートバッグ
の上に置いて日記を書いていた。

ところが松戸辺りでどっと人が入って来た。
その中に生後7ヶ月の女の子を抱っこしたお母さんがいた。
すぐに立って席を代わったのだが
膝の上の荷物を網棚にのせて女の子をあやしたり、
お母さんと話をしていた。

北千住についたので乗り換えるため網棚の荷物を持って降りたのだが、
スカイツリーライン(京成電鉄)に乗り替えてから気付いたので
曳舟で駅員の方にメトロの忘れ物取扱所の電話番号を聞いて連絡した。

「今はまだ届いていないので明日の同じ時間(24時間後)に、
連絡してみてください」と言われたて連絡したが、
まだ出てきてはいない。

妻(ひろこ)に話したら、
「手書きでしょ?だったら、大丈夫だよ誰にも読めないから」
と、変な慰め方をしてくれた。

どなたかどこかに捨てられていたら、
ご連絡ください(笑)


美味しんぼ」問題

久々に政治がらみの事を書きます。

毎日新聞 5月10日(土)0時2分配信に、
<「美味しんぼ」問題>前双葉町長が批判 石原環境相発言
と言うタイトルのニュースが発信されました。

最近話題になっている美味しんぼ問題についての
今日のニュースですが、
医学的に根拠があるのかどうかは実際の所、
私には分かるはずもありません。(鼻血云々の話)
しかしこうやって話題にする事はすごくいい事だと思う。

なんせまだ終わっていないのだから。

すぐに、終わった事として忘れさせようとか、
(従軍慰安婦問題や)
大した事はない或はなかった事として
スルーしていこうとする
(学校のいじめ問題やスポーツのしごき問題)
日本の風土の方が問題をこじらせている気がする。

福島の原発事故も、風評被害として早く片付けようとしていく
動きが気になってしょうがない。

「もう大丈夫」等とだれも言えないはずだ。
まだ終わっていないし分からない事も多い。

なので、不安をあおる事も必要ないが、
三年で原発再可動と推進に切り替える
自民党及びその利権に絡む経済界や政治家の思惑に
巻き込まれてはならない。

と言う意味であのときの事、原発の今も
(多分これから何百年も)残るであろう負の遺産を
忘れないために常に問題提起と事実は
問題にしてマスコミに取り上げていって欲しいと、
自分としては思うのですが。


また桜の季節・・・

二日前と比べるとだいぶ暖かくなってきた感があります。
もうすぐ桜の花も咲くでしょう。
何となくつぼみが色を付けてきたような気がします。
だってもう三月も真ん中ですからね。

今年最初の気象庁?発表の開花予定は3/17でしたよ。
いかに自然界の予測は難しいかが分かりますよね。

以前出ていた地震警報も最近はありません。
しかし地震は突然来るし、昨年は大島の大雨による洪水も
今年は大雪がありました。
結果、予報も警報もあまり役に立ちませんでした。

勿論普段から準備しておく事や、
予測、予報が無駄だとは思いません。

ですが耐震構造だから絶対安全という言い方には、
強い不信感があります。

東北で始まっている高さ15メートルの防波堤や、
「原発再可動を進める」人たちの安全宣言は、
どうも信じる気にはなりません。

(3.11)地震のとき(原発関係者は)何の役にも立たなかった、
と言うのはひどすぎますが、防ぐ事ができなかった人達です。

あれだけの目にあっても未だ自然の力を
人間の力で押さえ込めると言っているように
思えて仕方ありません。

それよりもその予測がはずれたとき、
どうするかを説明して欲しいと思います。
だって絶対安全なんてあり得ないし、
それを管理するのが人間だったら(勿論機械でも)
間違いはあり得るからです。

さあ、原発がもしまた爆発したら・・・・

その対処を分かりやすく説明して欲しい。
福島の現実で予行演習して完成できたら再稼働しても良いと私は思います。

原発ついでに福島の思った事を書きます。
福島の人には申し訳ないのですが、
(政府やマスコミの人が問題なのですが)
福島の生産物はもう安全だという言い方があります。
その理由が、(3.11以後)新たな基準値をもうけました。
それを下回っているからと言って「セシウム検出せず」
と表示して、安全だとしているのです。
これで風評被害は無くなるでしょうと思っている人がいますが、
それでは今迄と多分変わりません。

気にしない人や、福島のためなら死んでも良いという人は
(泉谷しげるのように?)
既にもうとっくに食べているとおもいます。

しかし国が基準を勝手に数倍にあげておいて
「検出せず」というやり方に反対(納得できない)の人には、
この表示の仕方では永遠に福島の産物との距離は
縮まらないと思います。

すべての基準を表示した上で、
この数字は世界的に見てもこれだけ安全なのだよ、
と言う安全基準に対しての知識を国民全体に
同時に教えて行くべきだと思うのです。

何故国は都合の悪い事をすぐ隠そうとするんだろう?
隠す事で「安全だから」と言う事を言い続ければ、
いつかきっとみんな忘れるとでも思っているのでしょうか?
隠す事が不信感を生んでいくと思うのですが。


金銀銅メダル、おめでとう!

雪の被害がすごいことになっていますね。

新潟での毎日の雪かきが思い出されます。
そういえば新潟でも、もう昔のように
毎年が大雪になることは少ないようですね。

雪と言えばソチオリンピック、楽しんでいます。
しかし、
笠井選手の41歳で銀って言うのが
強調され過ぎのような気がしますね。

私は60すぎてからゴルフの飛距離が
のびましたし、周りにも多いです。

サッカー選手や野球選手でも、
40過ぎで選手を続けたい人はいっぱいいます。
しかし続けられない。

が、
続けられない状況の中には、
自分からあきらめる、
と言うのが一番多いようです。


パソコン買い替えました。

イヤー参った。
みなさんおさがわせ(一部の人ですが)しました。
ようやくメールもネットもつながりました。

年末からおかしくなっていた私のPC(マッキントッシュ)を
ついに変え買い替えました。
PCを買い替えるときにおこるいろんな不具合。
(ネットがつながらない、メールがつながらない、プリンターが使えない、など等)
分かっていたので自分としては変えたくなかったのですが、
Macintoshがそうさせてくれません。

昨年11万円かけて復旧させたiMacも一年で、
使い物にならなくなってしまいました。(聞けば寿命だという)

おかげで環境を復旧させるのにカスタマーサービスに電話しっぱなしです。
まあ、5年前のパスワードやIDを忘れてしまった私も悪いのですが、
それにしても大変でした。

Macintoshで二人が代わられて(一人は全く役に立たなかった)
「まずリセットしましょうで」、その他にも今までつながっていた
我が家のWindowsまで切断。我が家のネット回線はAirMacなのです。
その状態で一人目は役に立たず交代。
「これ以上は私では無理なのでエキスパートに代わります」だって。
(これまでの二時間はどうしてくれるんだ?である)
エキスパートだかプロフェッショナルだかに代わってもらって、
ようやくMacintoshのネットだけつながった。

その日は一日中(夕方から翌日までですが)Windowsはネットもメールも
iMacの方はメールががつながらない状態で、出かけてしまったので、
家族からは大ひんしゅく「ネットで落としたい物があったのにー」とかなんとか)

それから翌日またMacintoshに電話してメールを繋いでもらった。
しかし、Macintoshの人にWindowsはまだつながらないと言うと、
「私どもではWindowsのことは分かりかねます」だって、
リセットしろ!と言ったのはMacintoshの人だったのに。

しようがないのでBIGLOBEのカスタマーサービスに
電話して手続きをしたがつながらず、
「その状態はパソコンの機種に問題がないか調べてください」というので、
さらに富士通に電話(ここは一つの質問に答えるのに一回1500円から2000も円かかる。
もっともiMacもこうしたサービスを受けるのに本体を買うときに2万円以上は払っているのですが)
機械に問題がないのを確かめてから、もう一度Macintoshに電話して完了。
ふ〜!。

日本の家電は気に入りさえすれば、(テレビや冷蔵庫等は)
10年でも20年でも使えるのに、
パソコンだけ4〜5年だなんて早すぎる。
本気でWindowsに代わろうか考えちゃいます。

それでもソフトの問題は出てきます。
デザイナーは二つのソフトは必須なのですが、
アドビ社のソフトはイラストレーターもフォトショップも
それぞれ月々5000円もかかります。
1年で12万円です。

だれか、日本の家電のように丈夫で長持ちする
パソコンとソフト作ってくれ!と叫びたいです。


PCの寿命

このところちょっとPCの調子が悪い。
ご迷惑かけている皆様ごめんなさい。

丁度一年前11万円かけて修理したのですが、
1年でまた使い物にならなくなってしまいました。

パソコンの寿命らしいです。
(一年前中古を買ったが、型が古いので、と言うより
パソコン自体の寿命が4〜5年なので持っても2年と言われていたのです)

今週末どこかでパソコンを調達してきます。
暫くご迷惑おかけしますが、
よろしくお願いします。

何故かもう終わりだと言うと、
サクサク動くから不思議です。
自分の境遇が分かるのでしょうか?
何となくもらわれていく犬や猫に似ています。
今日は妙に素直に動きます(笑)


いよいよ明日から始動。

長かった正月休み。
皆さんはいかが過ごされましたか?

旅行に行かれた方も多かったのではないでしょうか?
(私も父が亡くなる迄は毎年新潟に帰っていました)

いよいよ明日から仕事始めの会社が多いですね。

私も久しぶりに(あ、一年振りだ)混雑電車に揺られて、
新年の挨拶回りに行って来ます。

今日はその心の準備にかかります(笑)。

今年のモットーは
「スピード」かな。


明けましておめでとうございます。

暖かい正月でホットしています。

昨年は皆さんにとってどういう年でしたか?
振り返るより今年の方が望んだ1年になるといいですね。

先日正月ばれの中、恒例の「1/2日会」で
最高のゴルフ日和を楽しんできました。

今年も1/2にゴルフが出来たことに「感謝」です。

今年の目標は月に1回はコースを回りたいと思っています。
100を切るのは勿論ですが、
90を切るのを当たり前になるように腕を上げたい。

地元のゴルフ仲間を増やしてコンペをやりたい、
と言うのが近々の目標ですね。

あとは仕事の面で、幅をもう少し広げていきたいと思っています。
一年後には、もっといい体勢になるようにしたいと思います。

今日は(1/3)だらだらと、正月恒例のTV番組を見ながら、
今年の計画を立てたいと思います。

年賀状もたくさんいただいたので、
今から寒中見舞いの用意しています(笑)

今年も曼陀羅web及び、
樋口(妻.裕子含む)をよろしくお願いします。


2013年を振り返って。

昨年を振り返ってみます。
1月、柏に来て三年目を迎える。九段下のマルシェに参加。

2月、伝説巨人イデオンのブルーレイ発売記念トークショーに富野さんと湖川さんと参加。
やなせたかしさんの94歳誕生日パーティに「やなせうさぎクッション」プレゼント。

3月、丸の内マルシェに参加中。小さな女の子を抱き上げて、
ぎっくり腰になる。

4月、新潟に帰った(アロニアの打合せと安中由依ちゃんのライブ応援)が花見は雪で中止。
公園内の愛宕中学校柔道部の同窓会に参加。

5月、足立区、竹の塚で「う・そ会」(うどんとそばを美味しく食べる会)開催。

6月、22年続いている玩具周辺業界の「オネスト・ワン ゴルフコンペ開催。

7月、隅田川花火大会(ゲリラ豪雨?にあう)

8月、「なでなでねこちゃんDX」デザイン完成。CM参加

9月、東京デザイナー学園のオープンキャンパスでゲスト出演

10月、アートライン柏 樋口二人展。やなせさん亡くなる。

11月、元タカラの社長奥出さんを囲む会開催。
中学時代から付き合いのある漫画仲間と新宿で忘年会。
愛車ゴルフワゴン廃車。

12月、一年間お世話になった人、久しぶりに会う人と忘年会。
いつ迄も付きあっていただける事に感謝。

年末に会えなかった人とは年明けにお会いしましょう。


ピクシブ

昨日上野で打合せをしたあと、金華堂(画材店)によった。
PMパッドの取り寄せを頼んでいたのです。
(現在PMパッドは中々扱ってくれるお店がありません)

3Fの売り場に行ってカウンターを覗くと、
漫画教室のチラシが、
聞くとカウンターにいる本人(Tさん)が教えているとの事。

暫く彼の漫画家苦労話を聞いたので、
あとで連絡したいからと言うと、
ピクシブで検索して下さいという。

今年やはり友達の絵を見るのにピクシブに
入会した記憶があったので、
帰って来て彼にアクセスした。
・・・が?
pixivパスワードを入力すると、
パスワードが違うと言う。
????
「え?」
こんな時の為にpixivのパスワードをメモっておいたのに、
それが違うとなると、
まるでどうしたらいいか分らない。

パスワードは自分の名前を入力しているので、
違うはずがないっていうか、却ってほかの
(間違えたと思うスペルの)見当がつかない。

ちなみに新しいパスワードで登録しようと思ったら、
こんどは、
このメールアドレスはすでに登録されているので
使えませんと言う。

これだから一回登録できたパスワードは、
中々変更できないのだ。

今年の11月のゴルフ場のコンペ予約も
ネット(楽天GORA)でしたものの、
1週間前の確認作業に失敗して、
結局はゴルフ場に直接電話で対応してもらった。

今度はそれがきかない。
う〜ん困った。
皆さんはこんなときどうしますか。


忘年会

今月に入って(当然ですが)忘年会が続きます。

昨日は浅草橋で、もとタカラのプリスクールチーム
(今ベネッセ)の人が中心になってやっている忘年会に
参加してきました。

今回は60数人が集まったのですが、もう7〜8年続いています。

初めの頃と参加者は大分変わりました。
もっとも最初は20人ちょっとでしたから、
新しい人が増えただけとも言えるのでしょうが、
その二十人の中で、ず〜っと来ている人はスタッフだけのようです。

でも、新しい人の中には、私の昔の会社の後輩も何人かいたり、
仕事で一緒にやった業者の方がいたり、
全く知らない人だったり、
昨年迄は来ていた人が今年は来ていなかったり。
・・・いろいろです。

パーテイ人数は毎年増えていて、
今年は2〜3人断ったと言っていました。

毎年来る人が変わるのはうそ会も一緒です。
「僕もこんな会をやりたいんですよ」と言って
この会の発起人が相談に来たんで、
うそ会の方がもう数年早くから始まっていますね。
と言う事はもう十年か?
しかも年二回とかやっていたし。

我が家で74人来た時の事も知っていました。
「あれはインパクとあったなあ」と言っていました。
私もあれは覚えています(笑)
借りれる場所がなくて、仕様がない我が家でやったのですが、
お向かいさん、はす向かいさん、両隣さん、
皆さんに協力して頂いて、車庫を借りたり大変でした。

そんな事を考えたとき、
こういう(中華屋さん)でやるのは楽でいいなあ〜
と思ってしまいました

ん?疲れてきた、オレ?


もう三年。

以前の住み慣れた足立区から、
こちら(千葉県柏市)に来てから、
ちょうど三年となりました。

気付けば早いものです。
始めは知り合いも少なく馴染めなかったのですが、
最近では近所を歩いたり自転車で走っていると
時々声をかけられるようになりました。
(これもお喋りの効能だと思います)笑。

この三年でいろんな事がありました。
皆さんの中で一番多いのはあの3.11でしょう。
私にもあの日の事それからの事はショックでした。
それは今もそうです。

しかしもう1つは
私はフリーになっての三年だったので、
仕事の流れを作る事が一番大変でした。
そんな状態でも何とかやって来れたのは、
皆さんのおかげです。
ありがとうございました。

年末も近づいてきましたので、
いちど今年を総括してみたいと思います。


秘密保護法案

秘密保護法案
私は絶対反対です。

秘密はない方が良いに決まっています。
条件は無しです。

国民の知る権利と官僚が隠す権利と比べたら
どっちが大事か直ぐ分かる。

国民は第二次大戦中ずーと騙され続けていた。
日本は必ず勝つと信じ込まされて、
新聞は戦績をごまかして国民を騙して来た。

こんな事がまたおきる可能性が出てくる法案が、
日本の政治家の中から出て来て、
可決することが信じられない。

いくらアメリカから強く言われたからと言っても
(なら尚更言われた事を言って国民に審議させるべき)
ここは聞くべきではない。

野党もなんだ!
みんなの党は、官僚政治反対を旗印にして立ち上がった党ではなかったか?!
それが、「首相が監視する権利を盛り込む事を条件に・・・」
ばかかこの党は!である。

日本維新の会も全く同じだ。
秘密期間を30日から60日に伸ばして?バカじゃないの?
これでは野党の意味がないではないか!

野党は与党の行き過ぎにストップをかける事に意義が有るのではないか?
例えば30年ではなくまずは10年にして、
この十年間に何が隠されたのか?試用期間を設けよう、
と言う風に考えるのが普通だろう。

福島の事もある。(意見を聞く会の翌日強行採決しなければならなかったのは何故か?)
沖縄の事もある。(沖縄県の政治家がそろって県内移設も認めたのは何故か?)
今はそれらが全て隠される危険な時期なのだ。

政治がこんな大事な時に、
マスコミはなんでおとなしいんだ?
福島原発の時もマスコミは黙ってしまった。
一人で言い続けた山本太郎を隠してしまった。
こんなヘタれなマスコミに期待するのは無理か?
今なら捕まるくらいの意見を言うのがマスコミ魂でしょう?
出てこいマスコミヒーロー!!


結婚30周年!

2013.11.18日で、
私達は結婚30周年を迎えました。

色々あった気がしますが過ぎてしまえば、
楽しい事ばかりで、あっという間でした。

妻(裕子)と出会いのきっかけはアニメ制作会社のサンライズさんです。
(当時イデオンをやっていました)
サンライズさんの紹介で私の以前勤めていたデザイン会社に
妻(裕子)が入って来ました。
(面接は私がしました)

当時は来る人は誰でも入れていた?!んです。
当時は仕事も沢山あって(有り過ぎて?!)辞める人が多かったから。

付合い始めたのは、当時私のやっていた、
当時(株)トミーさんの仕事で、
一緒にディズニーランドに行ってからです。

仕事はオープン前のディズニーランドに行って
ビューマスター用の写真
(双眼鏡のようなもので、覗くと立体に見える)
を撮ったりしていました。

そのおかげでプレオープンに呼ばれたのですが、
社内のみんなに「誰か一緒に行かないか」と声をかけたのに、
「はい」と声をあげたのが妻だけだったのです。

そこから付き合いが始まり、
その年の11/18日に結婚式を挙げました。

ディズニーランドとの不思議な縁は他にもあり、
11/18日はミッキーの誕生日でもあるのです。

サンライズさんとディズニーランドのおかげで
私達は楽しく30周年を迎える事ができました。

18日はミラコスタで食事をしてきました。
何でも30周年の印字が入っていて、
まるで我々を祝ってくれているようでした。


もう年末気分

昨日、元タカラボーイズコミュニケーション(仮)
(第4回、Oさんを囲む会)をやってきました。

今回は1985年の元タカラのボーイズ時代のカタログを
スライドで見ながら当時を懐かしんだり、
話を進めようと考えました。

ところが、出かけに私のPCの調子が悪くって、
データーがコピーできずに、
(1時間かかって30%の保存)
これでは間に合わないと諦めました。

急遽当時一緒にTV版ミクロマンの開発を担当した人
Oさんに「なんか面白いデーターを19:00までに用意してほしい」
と頼みこみ、
もう一人のIさん(幹事)にはPCを用意してほしいとお願いした。
(会社のPCは持ち出し禁止なので)

そうしたら家迄取りにいってくれたそうで(早退したそうです。ゴメン!)
ようやく間に合いました。
おかげで楽しい会となりました。

でも何故俺がこんな事をしている?と考えるとおかしいです。

あの、やなせせんせいの誕生パーティも元々詩メルの人達のパーティなのに
いつの間にか私がプレゼントを作る係になっていました。
クリエーターがこんなにいっぱい集まっているのに、
お店で買った物をプレゼント、こんなのでいいの?
と言うのが私が考えた始まりでした。
(それからリカちゃんのお友達サイズでやなせさんのフィギュアを作ったり、
やなせさんの人生ゲームを作ったり楽しい物を作らせて頂きました)

今回の「Oさんを囲む会」の参加者でも
元タカラ以外の人はサンライズの会長と私だけです。
ここでも出しゃばって自分が仕切っています。
(ただおせっかいなだけです、分かっています。)

来年は何を用意しよう。

やなせパーティが亡くなった今、
この会で何か1つ面白いモノを作ってみようかな?
と、今は思っています。


秘密とウソは極力無くそう。

毎日「不適切な表示」のニュースが続いています。

なんかこの表現納得いきません。
緩すぎますよね。

不当表示、虚偽表示でしょう。
でなければ、ニュースにする必要もありません。

以前これで、メグミルクや赤福など
大変な目にあっていました。
(日にちをごまかしたのですが、不当表示でしたが
言い訳が下手だっただけでしょうか)

罰則がないと言うのもおかしなものです。

政府の特定秘密保護法案は更におかしな法案です。
庶民にウソを付く可能性が大になります。
世の中には、
秘密はない方がいいに決まっているし、
(そうでなくても政府はウソを付く)
そもそも国民にウソを付く必要はありません。
(自民党は選挙で大分国民に人気のない部分を隠しました。
TPPでもいっている事は変わって来ています)

そもそもロシアに亡命したスノーデンさんを
どう見るかで立ち位置が変わります。

あなたはどっち?


挨拶のないメール。

最近メールで、名前も書かずにメッセージだけ送って来る人がいる。
昨日もそのメールで、
「今頃になって◯◯のパーティ、申し訳ありませんが欠席します」
と言うのが来た。
これが誰だか分らない。
内容は勿論今週末自分が幹事をやっているイベントだ。
「失礼ですがどなた様でしょうか?」
と返信すると 行き先不明で戻ってくる。
(メールのアドレスが携帯なので自分のPC には登録されていない)

まず、今週末なのだから、
今迄にすでに参加表明していた人なのか、
今迄連絡をくれなかった人なのかが分らない。

相手は(名刺をくれたかどうか知らないが)知っているものと
思ってメールして来ている。
これは、フェースブックの「イイネ!」ボタンや、
ラインや、ツイッター等のSNS文化が育んだものと思う。
思いっきり垣根を軽くして、付合いやすくしようとしている。

確かに、隣りに座った誰にでも声をかける、
節度の無いような自分ですが、
(先週喫茶店で知り合った2歳の子どもとお婆さんが、
昨日は兄ちゃん4歳、妹0歳とお母さんを連れて
私と妻の二人展を見に来てくれた)
それでも挨拶は必要だと思っています(笑)

それともう1つ
フェースブックやミクシーなどのSNSで、知らない人に
自分から友達申請やカレンダー申請する事はないです。
(来るのは無視します)

あまり書き込まないフェースブックですが、
その中にあるカレンダー申請が知っている人からもよく来るのです。
(樋口さんの誕生日を教えて下さい・・・・)
と来るのですが、自分の予定迄知られてどうする!と
思って無視していました。

ところが「あれはFB(フェースブック)の策略で、
FBが勝手に流しているらしくて,
「樋口さんからも来てるよ」との事。
友達から聞いてビックリしました。

私は挨拶もなしに(イイネ!ボタン以外)
「友達申請」や「ポケ」(これもよく分らない)や
カレンダー申請はしていません。

もしどなたかに行っていたらお知らせください。


解りにくい。(廃車処分)

廃車処分に必要な書類の1つに、
納税証明書が必要です。
その1枚をもらいに
昨日はあっちへ言ったりこっちへ来たり。

(前日、柏の県税事務所行って
「ここではなく足立区に行ってください」と
言われたため)

昨日は西新井税務署に行って、
納税証明書をもらって来ようとしたのですが、

ここでも
「それは都の税金だからここでは出せない」
と言うことになって、

「じゃあ何処ですか?」というと、
「私も廃車にしたことないから分らない」
って言われてしまいました。

そこで粘って担当者に調べてもらったら、
足立区には北千住と花畑団地地区に
その事務所がある事が判明。

仕様がないので、北千住を選択。
また北千住に戻って
やっと納税証明書が1枚手に入りました。
「ホッ」

でも未だこれは、所有権解除書類交付依頼書に
添付する書類の1枚でしか無いんです。

まだまだ先は長い。
こんな事をしている場合じゃないんだが。


廃車と一口に言うけれど。

先週車検が切れる話をした。
自動車を廃車にしようと手続きを始めたら大変なことになった。
これは役場仕事よりひどい(っていうか役場仕事の一環なのだろう)

必要な書類が多いのだ。

自動車検査証、これは分かる。
自動車税証明書、ま、これも納得できる。
住民票や印鑑証明までいるってことは知らなかった。
更に
所有権留保解除承諾書、こんな物ある事さえ知らなかった。
が、
それを手に入れるために、
フォルクスワーゲン→トヨタカローラ→トヨタアドミニスタ株
まで移動した所有権解除業務をいたくしている会社に
上記書類一式を用意しなければならなかったのだ。

その後でまた同じ書類を用意して、
買い取り会社に引き取ってもらうことになるのだ。
こりゃ大変だ。


訃報

元タカラ役員であった、小島康宏さんが亡くなられました。
連絡がありましたので、お知らせします。

(他にご連絡が必要そうな方がいらしゃったら、
ご面倒おかけいたしますがお伝え願えればと思います)

以下において、お通夜、告別式が執り行われます。

ご確認、宜しくお願いいたします。
↓  ↓  ↓  ↓ 



 平成25年10月22日

 各位

 総務部



 訃報連絡



 旧タカラ 専務取締役 小島康宏殿がご逝去されました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げますとともにお知らせいたします。

 なお、次第は下記によりました。



                   記


  故人名    小島 康宏 殿 (享年73歳)

  お通夜    10月24日(木) 18時〜

  告別式    10月25日(金) 10時〜12時

  場所     東京都台東区上野公園14-5
         寛永寺 輪王殿
         Tel:03-3821-4433

  喪主     小島 良子 殿 (故人の妻)



  ※参列者については、確認中です。

  ※お香典については、各自ご用意の上、
   下記の日時迄に各担当者宛にお持ちください。


先日やなせさんが亡くなったばかりなのに、
また大先輩がひとり亡くなってしまった。
昔は70越えたら随分長生きしたように思えたのに、
自分が60才を越えたら、70才はめちゃ若いイメージになってきた。
今年は同じ年の人がつぎつぎと亡くなっていく。
毎日を精一杯楽しく生きよう!!


車検

我が愛しの愛車ゴルフワゴンも
いつの間にか12年目を迎えていた

調子も悪くなり乗り換えの時が来た。
(かと言って今は買うお金もない。車につかうならPCを買う)
なので、今月中に今の車は廃車にし、
義妹が車を買い替えようとしているので
その車をいただく事にした。
(これは乗用車の軽だが次の車の資金ができる迄、
 つかわせて頂く事にした)

思えばゴルフワゴンで随分いろんなところに行った。
新潟に通った、ゴルフにも行った。
車の思い出は色々ある。
この車の前の車もゴルフワゴンだった。
色がグリーンから赤に変わっただけだった。
ゴルフにこだわったのは高速(アウトバーン)用に
セッテイングされたエンジンと燃費が良かったから。
(そうはいってもリッター13〜4キロ位だったろうが)

ゴルフの前はスカイラインRSターボや
三菱ディアマンテV4に乗っていた。
これがガソリンを食う食う。
満タンに入れても東京から新潟迄持たなかったのだ。
その分スピードはでたが。
(180キロで走りリミッターがかかった事も何度かあった。)

しかし、ゴルフに変えてからはそんな乗り方も止めた。
燃費も良くなって120キロ〜140キロくらいで走っていれば、
新潟迄行き着いて更に近隣なら一日くらいは走り回れるようになった。

それほど世話になった割にはメンテナンスもせず、
今や車体は中も外もぼろぼろ
査定をしてもらったらゼロ円と言われた。

次にまたゴルフを買った時は大事に乗ろう。


’13.10.13やなせさん死去。

やなせ先生が10/13日未明に亡くなられました。
94才です。

1年くらい前から覚悟はしていましたが、
やはり哀しいです。

アンパンマンの声をやっていらした戸田さんも
「やなせさんご自身がアンパンマンのような人でした」
とおっしゃっていました。

「正義を語る時には気を付けろ」
「自己犠牲が伴わない正義はない」とか
先生の一言には深い意味があります。

毎年やっていた詩とファンタジーの表彰式及びパーティの費用は
先生持ちでしたし、いろんなところに寄付をなさったり、
人生の後半は仕事もただでなさっていました。

「俺のところにくる仕事は予算がないんだよ」
と笑って仰っていました。

先生の誕生日にプレゼントする係に
10年近く関わらせていただく事ができました。
特に強く残っている贈り物は、
あの’11.3.11の年(やなせ先生の誕生日は2/6日)
やなせうさぎのベストです。

(前年にやなせさんの「人生ゲーム」を作ったのですが、
やなせ先生の目が当時からすでにかなり悪く、
人生ゲームのマスの文字が読めなかったのです)

そこで翌年は、2月生まれの先生にあたたかい物を
プレゼントしようと思って、
やなせうさぎのベストを作ったのですが、
演出に失敗して濡らしてしまったのです。

落ち込んでいると数週間経ったある日、
はせがわゆうじさんが四国新聞の記事
を送ってくれました。

それは失敗続きの私のやる事に勇気を与えてくれました。


ビッグイシュー193号(’12.6.15)に注目

添付した雑誌の見開き頁は、
エフ/スタイルの五十嵐さんと星野さん。

前にも紹介したような気がするのですが、
もう一度紹介します。

東北芸術工科大学卒業後の二人が始めた
職人を手伝う仕事と言うコンセプトの仕事。

作っている主な商品には玄関マットの「ハウスドギーマット」
や、足首を締め付けない「ゴムをつかわない靴下」や
亀田の織り物を使った「手提げ風呂敷」等々。
(「」かっこの中は商品名ではありません)

出会ったのは十数年前。
確か銀座、松屋7階の催事場でした。
まだ前のデザイン会社にいた頃、後輩から
「大学時代の友達が新潟から出て来ているので、紹介したい」
と言う事で会いました。

そこでお互いの連絡先を交換してからは、
新潟に帰ると(実家が新潟なんで年に何回か帰るのです)
彼女たちの会社(お店)に行ったり、
一緒に食事をしたりしていました。
(五十嵐さんは「食べ物番長」
:いろんな美味しい店を知っているのです)

その彼女等と数年前食事したとき、
何故か、「ガンダムの監督、富野さんからインタビューを受けた」と
言う話を聞いていたので、
今年30周年「伝説巨人イデオン」ブルーレイ発売記念トークショーで、
富野さんにあった時にその話を聞いたら
富野さんはしっかり覚えていて説明してくれました。
(雑誌の取材だったのです)
そうして彼女等の仕事がこうやって脚光を浴びる
時代になったのだなと言う事を実感していました。

その彼女達の写真をなんと今回は、
トイレの中で読んでいた「ビッグイシュー」で見つけたのです。
193号です。私は上野に出るといつも決まった本屋に
行くのですが、その時には必ず
その店の前の交差点でやっている販売員から
「ビッグイシュ」ーを一冊以上買うようにしているのです。
(勿論出会わない日もありますが)
だけど、暫く読まないで溜まっていました。

それを今頃になって発見しました。
すごい事です彼女等のやって来た事は。
自慢したくなります。
ぜひ皆さんもビッグイシューの販売員のためにも
見かけたら買って読んでみてください。感動しますよ。

(知っているとは思いますが※ビッグイシューとは
:ホームレスの仕事を作り自立を目指す方を支援するために
いろんな人が協力して(タレントや有名人は主に無償で)作られています。
300円で本を売りその内の160円が販売者の収入になると言うものです)


またもメールの不具合

昨日の朝メールを開いたら、
MobileMeの広告っぽいウインドウが立ち上がったので、
即刻無視したら、
まっ白なメール画面が現れました。

つまり今迄のデータが全く無くなった状態。
パニックになったと言うか、
いや、パニックに成る程知識がないので、
これは何かの間違いだ。
時間を於けば治るだろうと思っていましたが、
二日経っても一向に治らない。

取りあえず急ぎの件は携帯で連絡していますが、
携帯の方は通じますので、
私に連絡ある場合携帯にお願いします。


隅田川花火大会

家を出かけるちょっと前に昨年来てくれた
(今日の主の元同僚)人から急遽欠席の電話があった。
その後すぐパキスタン人のCくんも、
大宮の「バイトが終わってから向かうので、少し遅れます」との電話。

私はいつもより少し早く出かけたので、混雑もなく目的の家に付きました。
ココは隅田川に面したマンションの9階。
お隣のオタクでは東北からわざわざ5人の方が見えていました。

そんな中あがった花火(PM 7:05)

花火があがってしばらくしてクルーシーくんが
公衆電話から電話をかけてきました。
浅草駅に着いたら連絡するように言ってあったのです。

「あれ?なんで公衆電話なの?いまどこ?」
「もう15分前に着いて電話しているのですが、通じないんですよ。いま雷門です」

込み合っているところって相変わらず携帯が通じないんですね。
「じゃあ馬道を教えてもらって、こっちに向かって歩いてきて、
右側にセブンイレブンがあるからそこで待っていて、迎えに行くから」と言って電話を切りました。

「じゃあ、行って来ます」とマンションを出たところで、
雨がポツリポツリと降ってきました。
マンションは入るのに呼び出して解錠してもらうのが面倒なのでそのまま出かけました。
ほんの数十mの場所ですが着いた頃にはもう雨が激しくなっていました。
コンビニの中を探しまわりましたが彼がいません。

その時のコンビニの混雑率は200%を越していました。
みんな買い物もあるのでしょうが雨宿りです。
店員は拡声器を使って
「入り口は出る人と入る人がいます。
立ち止まらずに進んでください!」
と怒鳴っているが、だけも動こうとしない。
入り口は通勤電車なみの込み具合。

そこに「ひぐちさーん」と声をかけてきたのは
花火見物の家の奥さん。傘を持ってきてくれたのだ。
「ここにいないので駅迄行ってみます」と言って駅に向かう。
途中も電話はしていたが全然通じない、雨は最大限に降り続く。
もうこうなると傘も役に立たない、ずぶ濡れになりながら
台東区産業会館貿易センター前迄来た時に携帯がなった。

「雨がすごいです。傘もなく雨がすごいので動けません。いま雨宿りしています」
「いま、何処にいる?」
「分りません?ん、ん、(隣りの人から聞いたのだろう)貿易センター」
「じゃあ、目の前に俺がいるはずだけど見えるか?」
「・・・・あっ、見つけました」
と言う事でやっと会えて二人で傘に入り
(傘は気休め程度)マンションに戻ったのですが、
奥さんから、「あ、花火中止になったわよ」と言う事でした。

彼は「今日は花火ではなくて、雨を見に来たみたいですね」
なんて言っていた。CCRの和訳を知っていたのだろうか(笑)

いやー、昨日の雨すごかった。
あんなに激しい雨の中を歩いたのは何十年振りだろう。
多分十数年前台風の日にゴルフをやったとき以来だろう。
(スタート時降っていなかったのですが途中から本来の大風と大雨が降った時)

家に着く迄服はびしょびしょ、
夏なのに身体は冷え冷えでした。


7/22のニュースから。

昨日はニュースの多い日でした。
妻と二人で、部屋に閉じこもって家で絵を描いていました。
いろんなニュースがリアルに飛び込んできました。

キャサリン妃のロイヤルベビーの話題は、
まるで実況中継のようにずっと続いていましたね。
本人はいい迷惑だと思うのですが、
無事男児を出産されたようで良かったですね。

あとは横溝正史の世界へ誘うような山口件であった殺人事件。
犯人らしき人のが断定できなければもっと、
不気味な事件になったでしょうね。
これもはやく原因究明してほしい。

でもね、俺が一番気になるのは
福島の放射能の汚染水が、(今頃になってやっと)
海に8倍の濃度で流れ出ていると言うニュース。
これは今後大変なことになると思う。
福島の人の事をもっと考えてやらないと。
日本全国で災害費を山分けしている場合じゃない!!

だから、「風評被害ではないんだってば」、
現在も進行中だって事を国もマスコミも、
もっと積極的に報道してほしい。
「今日の福島」として毎日のニュースでやった方がいい。
「福島の復興無くして日本の復興無し」と言っているんだから。
地元の人も、国も「ごまかすな」!と言いたい。

ごまかすと言えば、
福島からでた自民党の参議員議員(女性)は
「福島の原発は全部廃炉」!を訴えて当選した。
自民党はその事と
「世界に日本の原発は世界一安全だから、
海外にも売り込む事は矛盾しない」としている。

もし福島の事故が天災であったら、
人間は天災には敵わないのだし、
人災だとしても人のミスはつきもので、
毎日の事故を見ていても分かると言うものだ。

だとすれば、問題はその後の解決をどうできるか?
という事でしかない。
その処理ができていない現在まだ「安全だ」と言い切れる
根拠は何処にもない。

今日も二人で家で仕事しています。
暑くなるようですが皆さんも体調には気を配り、
気持ちよくお過しください。


7/13日62歳になりました。

自分では誕生日はそれほど嬉しい事でもないですが、
やはり、祝って貰えると嬉しいですね。

なのに、あまりミクシーもフェースブックも毎日見る訳でないので、
(そんなものでもやっていなければ人の誕生日は知るわけはありません)
自分は祝って貰いながら、
人の事は見逃している可能性が大きいです。
お祝いの言葉もかけなかった方々すみません。

北原さん(おもちゃ博物館)が持論でいつも
「誕生日は自分の為ではなく母に感謝する日だ」と仰っています。
私も誕生日は自分の為ではなく、
「自分と接してくれる人に感謝する日」だとおもっています。

還暦過ぎて二年になりますが、
毎日妻には今でも
「言葉はキャッチボール、話すときは、代る代る」や
「短気でパニクっても前には進まない」
「自分の意見を言う時に人の意見を否定するな」等々
数えきれない程指導されています。
(欠点だらけな自分だと言うのは分かるのですが、
どこでそれが出るかは自分では気付きません、
そんな事を言ってくれるのは、
大先輩か妻くらいしかいませんので感謝しています)

気がついたことは直してしているつもりですが
なかなか気配りができなくて周りの人に迷惑をかけることばかりです。

これからは人格も少しずつ精進していきますので
今後ともおつきあいよろしくお願いします。

先輩には安藤さん(西荻のコーヒー豆販売所経営者)の
ように102才の現在も元気で自転車に乗って働いていらしゃるかたも、
やなせたかし先生のようにいつまでも
元気を人に分け与えていらっしゃる方もいます。
私も大先輩方を見習って102才迄働くつもりと
85才で(ゴルフの)エイジシュートを達成するつもりで
頑張ります。

現在付合っていただいている皆様、
これからもこの縁を大事にしたいと思います。
この場を借りてお礼申し上げます。


最近のニュースの傾向


昨日ニュースを聞いていて思ったことがあります。
復興庁の水野靖久・参事官がツイッターで、
被災者支援団体などを中傷していたとされるニュースです。

殆どのニュースが問題発言だとした上で、
「けしからん、更迭だ、懲戒免職だ、」と騒ぐ中、
昨日昼のラジオのニュース解説をしていた方一人が
擁護という訳ではありませんが、注意を促していました。

それは、暴言は暴言で注意しなければならないが、
ブログに書いている内容の暴言部分だけピックアップして
する新聞社のやり方は如何なモノか、と
それをスクープしたとされる記者に対してのものだったのです。

水野参事官はやる事はやっていたし、
文脈を見ればまともな事を言っている、
と言って彼の書いた文を紹介していたのです。

夜のニュースでその会議の様子がビデオで紹介されていました。
そこでは、被災者かもしれない参加者が、
「早くやれー」「何ぐずぐずしてるんだ」とヤジを跳ばしていました。
(モンスターペアレンツを思い出しました)
彼の書いた暴言の相手はこれらの人に対してだったのです。

それを見て初めてあの解説者の言っていた事が納得で来ました。
あの立場の人がツイッターで言うべき事ではなかったと思いますが、
会議を進める気の無い人がただ暴言を吐いていたら、
言いたくもなりますよ。

それよりもあのニュースから「部分を切り取る」ことで
「庶民は簡単に操作される」怖さを改めて知りました。
アベノミクスや、いろんな流行語を生み出すニュースは
本当に気を付けてみなければなりません。
現代の記者及びキャスターは必ずしも庶民の側に立った立場で
ものを発信している訳ではありません。
自分たちの利害が最優先の場合が多いからです。


こどもの日

今日は5月5日
今日の5日にかけて洒落でいろんな日が
設定されています。

レゴの日とか玩具の日とか、
わかめの日なんてのもあります。
でも一般にはこどもの日です。

僕はいつから大人になったんでしょう?
勿論成人式(の日)は覚えています。
一人でスナックに入ってお酒を飲んだ記憶があります。

その頃は
墨田区の鐘ケ淵と言う所にすんでいました。
仕事は蔵前で
紳士装身具のデザイン(サンプル作り)や営業、
の仕事をしていましたが、
漫画家になる夢を持っていました。
言わばモラトリアム状態でした。

いつまでもこれじゃいけないと
ちばてつやさん門を叩きましたが、
「漫画家は絵が上手いだけじゃダメなんだ、
 もっと社会勉強をして来なさい」と言われ諦めました。

その後四つ程会社を点々として、
やがてデザインメイトに入り、
子会社のサブマリンが出来てそこに移って
2つの会社あわせて34年。

もう漫画家になる気はありませんが、
(正直漫画家にはならなくてよかったと思っています)
デザインが漫画の代わりになったかと言うと、
なりませんでした。
強いて言うと企画の方が漫画家気分に近かったような
気がしています。

やっぱり何かを作るのが好きなんですね。
それで今こういう状態にいるんだけど、
このままでは終われない気はしている。
この何か欠けている気分状態がずーっと続いていて、
だから未だに大人になった気分がしないのです。

今やっている事が間違っているとも思えませんが、
常にこれで良いのか?って思っています。

いよいよ今月5/18日は足立区の桜花亭で
毎年のイベント「う・そ会」が始まります。
皆さん箸をお椀を持って来てくださいね。
久しぶりに皆さんと会えるのを待っています。


新潟から東京へ。

今朝帰って来ました。

前のタイトルすごいことになっていましたね。
ビックリしました。
26日から23日って。

正しくは、
19日午後から出掛けて行って
20日アロニアの打合せをして、
21日花見(安中由依ちゃんの応援)
22日移動→東京
の予定で行ってきました。

いやー寒かったのなんのって、
雪が降っていました。(ホント)

おかげで21日行なわれる予定だった
桜祭りのイベントは全て中止。
安中由依ちゃんもステージで
歌う事はできませんでした。

私は愛宕中学校時代の柔道部の先輩方が
毎年やっているという飲み会に妻を連れて参加。

柔道部の同期生が一人いたので彼に電話して
飛び入り参加させてもらいました。

柔道部の先輩3人と46年ぶりで会う事ができました。
(一人は10数年前に一度お会いしていたが)
特に一年先輩の主将(キャプテン)には、
大変面倒を見てもらった覚えがあり、
ここで会ってなければ
一生会う事も無かったかもしれません。
誘ってくれた同期生に感謝です。
(写真は前日20日に撮ったもの)


4/19〜22まで新潟。

明日から、新潟に行って来ます。

最初予定は17日から25日までと思っていたのですが、
前後を少しずつ縮めて
何とか4日間で行ってくるようにしました。

やらねばならない事が
東京と新潟にあって身が裂けそうです(笑)

明日納品がすんだら出掛けます。
桜が残っていたら少しは花見気分に浸りたいが
無理かなあ。


東京ディズニーランドがオープン(1983)

今日が30年前ディズニーランドが
オープンした日だそうです。

ディズニーランドオープンと言えば、
私と妻(裕子)が結婚した年です。

「そうかーもう◯◯年になるんだ」。
と言う事を
ディズニーランドが節目の年には
そのイベントやニュースが教えてくれます。

何故かディズニーとは縁が深く、
(勿論当時は仕事もしていましたが)
ミッキーの誕生日(11/18)は我々の
結婚式の日でもあります。
(合わせたわけではありません、
これも後からニュースで知りました)

二人のきっかけは
私が前の会社でディズニーランドオープンに向けた
商品開発をしていたため、
(開幕前の会場に入って写真を撮ったりしていました)
プレオープンに招待されたので一緒に行ってくれる
社員を誘ったところ手をあげたのが、(日曜日と言う事もあって)
妻(裕子)だけだったと言うわけです。

30年前と言えば、
そうです、私は31才裕子も21才でした。
まあ、楽しい30年間だったと思います。

今後の30年間をいかに楽しく過ごすか。
それが課題です。

そうだ、今年は記念日に
ディズニーランドに行ってみるか。
(写真は当時株式会社トミーのスタッフさんから
 お祝いにいただいた人形とほぼ同じもの?)
暇な人一緒に行ってもらえません?


ドラゴンボール展

妻がバイトで今週いっぱい
日本橋高島屋でドラゴンボールの
雑貨販売のお手伝いをやっている。

聞くとその商品めがけて子供からおじいちゃんまで、
普段ほとんど高島屋には縁のなさそうな人達が
いっぱい来るそうだ。

その中でも大きな若者たちは、
売り子の人達よりも情報をいっぱい持っていて、
ある物はいっぱい大人買いしながら、

「なになにはないのか?」
「◯◯はつぎいつ入るの?」とか、
聞いて来るのだと言う。

そんな事を楽しそうにいろいろ話してくれる。

しかし、ほとんどアニメを見なかった俺には
(ピッコロや、ベジータ位は分かるが)
◯◯や何々が・・・と話されても
その空欄が埋められないのだ。
(つまりよく分らん)

一緒に生活していて、
いつそんな事を勉強していたのだおまえは。

(写真は昨日横に止まった車、記事とは何の関係もありません)


ちょっと休養。

先日(3/22)の丸の内マルシェで、
腰を痛めてしまった。

一緒に店を出したお母さんが連れてきた
10ヶ月の子供をあやしていたのが原因らしい。
(可愛かったのだ、つい抱っこして歩き回った)

これで
しばらくはゴルフもお休みだ。
先日誘いがあったがお断りした。
五月か六月になったらまた始めよう。


足立区竹の塚という所

昨日は前に住んでいた家(竹の塚)の大掃除。
借りてくれていた人が入れ替わるので、
引越しと、掃除の手伝いに行ってきました。

柏に引っ越して来てもう二年になりますが、
まだ、やっぱり足立区の方(竹の塚)が落ち着きます。

竹の塚は長かったので友だちも多く、
いろんな場所にも思い出があります。
前に借りてくれていた人も次に入ってくれる人も、
もともと知り合いです。

(だから不動産やさんを通しません。
 良い不動産屋さんとお付き合いしているのでお願いしたいのですが、
入ってくれる人に少しでも経費負担にならないようと思って、
不動産屋さんを通さないのです。友だちだと安心って言うのもありますし)

昨日は行くと直ぐ、向かいのご主人が出て来てくれて、
ニコの話とアーチュリーの話をしてくれたり、
(以前うそ会でニコを弾いてくれた)
息子さんが釣りの話をしてくれたり、(ちょうど釣り帰りだった)
はす向かいの庭の手入れをお仕事にしている奥さんが、
寒いのにわざわざ出て来て、
半日庭の草取りや木の枝の手入れを手伝ってくれたり、
(いや俺が指示された感じですが)
その隣りのSさんの娘さんKちゃんは、
自転車で出かける時わざわざ止めて
「今年成人式を迎えました、今は◯◯大学に行っています」
と挨拶をしてくれた。

やっぱり地元の人達との交流(近所付き合い)が
あるというのはいい。
落ち着ける第一条件ですね。
俺だけ?


毎日のノルマ。

早いなあ、一日の流れが。

大人になれば成る程一日が短く感じるのは、
諸説ある中で、その年数分の一日だから、
という説が一番納得しています。
(なんせ61年分の1の365日分の一なんだから)

20数年前のファイロファックスやバインデックス、等
システム手帳が発売された時期からリフィル作りはして来ましたが、
少しでも流されまいと、
最近は毎日スケジュール手帳を作り、
毎週のノルマを書き込むようにしています。

で、ないと一日中何もしないうちに、
終わってしまうからです。
まあ、今迄退屈をしたことが無かった
という生活はそれなりに充実していたのですが。

問題はまだまだこれから先の話ですからね。
(それに昨日何を食べたかも忘れているしね)

その毎日のノルマに、最近は
アイデア出し、スケッチ、運動(ゴルフ・腹筋)、
今日の体重、今日の出費 etcを
書き込んでチェックしているのですが、
それでもやらない?やれない?日はある。

ノルマをクリアーするだけで、
結構充実感はあるのですが。


新しいプリンター。

先日、壊れたパソコンが直ったので、
(近くの電気屋さんに行ったとき)
ついでにプリンターも買ってしまいました。

(以前企画スケッチを納品した時に、
「せっかく企画はいいのに、この出力じゃ
スケッチが勿体ないからデータ送って!
こっちで出力し直すから」と言われていたので)

昨夜、
曼陀羅メンバーや知り合いのイラストレーターの
作品を出力して(プレゼンのために)持って行こうと
したら、ほんの数枚試し刷りしていたら、
もう、「インクの残量がありません」。
と出てしまった。

確かにプリンターって本当に安くって、
作っている人に悪いな、って思うくらいなのですが、
(他にもそう思う物は他にもいっぱいあります)
そのマイナス分をインクで稼いでいるというのは知っていましたが、
無くなるのがこんなに早かったとは。
(多分十枚も刷っていない)

朝になったら買いに行って、
出力して持って行かなければ。
ああ、今日も楽しく忙しい。


謹賀新年

新年あけまして、
おめでとうございます。

昨年もいろいろお世話になりました。
今年もよろしくお願いします。

昨年末(因りによって12/30)からパソコンが壊れ、
修理に出していました。

昨日(1/4)やっとデーターだけ取り出して
同じ形のMacに移植して帰って来ました。
(12万もかかりました)

本体が替わったせいか印刷が出来ません。
(何故かキャノンのプリンターのその型番だけ抜け落ちている)

なので、未だ復旧作業がしばらく続きます。

まずは挨拶と、パソコンで年末年始に出来なかった事を続けます。


2012年の個人的、10大ニュース。

まだ終わったわけではありませんが、
私個人の本当にプライベート的な今年の10大ニュースは

1. 西荻窪のプラモデル設計会社の顧問を解任された。
 でもまあ、約一年間毎日本をいっぱい読めた事に感謝しています。

2. 30年ぶりにイデオンのイラストを描いた。
  来年ブルーレィが発売されますのでよろしくお願いします。
  2月には富野さん(監督)湖川さん(キャラクターデザイン)と
  トークショーにも参加します。

3. やっぱり30年ぶりくらいで、
  某ゲーム会社のキャラクター(ボスキャラ)を描いた。
  久しぶりにペンを握って楽しかった。

4. 某アニメ会社に玩具の試作を作ってアニメの企画をプレゼンをした。

5. 新潟県五泉市、(株)サンファームの依頼を受け
  アロニアのジャム、そのラベルとパッケージを制作、
  月イチ、丸の内マルシェで販売も手伝っています。

6. 株トレンドマスターの玩具
 「なでなで猫ちゃん」のパッケージ制作。
  10月末発売したばかりで順調に売れています。
  トイザラスや、大手玩具の売り場にはありますので、
  サンプルが出ていましたら、ぜひ手にとってなでてみてください。

7. やなせたかしさんの誕生日に、
  詩メル代表でオリジナルマフラーを作りプレゼントさせて頂きました。
 「お、去年のリベンジだな」と言ってもらえた。
  来年のプレゼント思案中。

8. 新潟で中学生時代の仲間と49年ぶり?の同級会を開いた。
  新潟から東京に出ていった時とほぼおなじテンション?でいる
  自分に比べて皆大人になってしまった感じがして少し寂しい。

9. 6月に足立区で「う・そ会」を開催。
  何とか六月に出来ました。12月の場所探しには苦労しましたが結局ありませんでした。
  相変わらず場所探しに苦労しています。
  公共の場所でこのままのうそ会を出来る場所がほとんど無い。
  (会費安く、食べ物や飲み物の持ち込みOK、うどんとそばが茹でたり煮たり出来る。
   お酒も飲めて、ライブも出来る。大人から子供迄参加出来る100人規模の人が入れる場)

10. 原発反対デモに行った。
  かなり大勢の人の賛同を得たはずなのに、自民党圧勝とは、
  あの人達の票はどうなったんでしょうかね?

(順不同)

この他にも沢山あり過ぎて10に限らせて頂きました。
いずれにしても仕事やイベントや関わってくれた皆様にこころより感謝します。
良い年末をお過ごしください。

皆さんは、如何でしょうか?
よかったらお知らせください。


年末恒例ジャンケン大会。

昨日は夜からタカラ時代の友だちの主催する忘年会。
浅草橋の忘年会会場へ着いたのは8時ちょっと前。

この一年一度も会っていなかった人もいれば、
ときどきお会いしていた人も。
今回は忘年会の日がかぶった人が多く50人ちょっとだった。

この会の面白いのは参加者が、クリエーターだったり、
メーカーの方が多いので、
プレゼントは今年作った自分たちの商品(及び作品)の
持ち寄りで成り立っていること。
最初にプレゼントを提供してくれた人を前によんで、
商品の説明(アッピール)してもらう。

それに続いて
「この商品の欲しい人はいるかー!?」で
みんなが「おー」と言ってじゃんけんが始まるのだ。

最初はプレゼントする人と参加者、
参加者が少なくなると参加者同士のジャンケンとなる。

これだけで結構盛り上がるのだ。
勿論私もアロニアのジャムを持って行き
しっかり説明もやって来た。

写真は、見事勝ち抜いてゲットした
セガトイズのアンパンマンことばずかんDX 英語切り替えスイッチ付と
タカラトミーアーツのうまい棒ワイルドパーティ。


イデオン復活?

先週は1週間程家に籠って
イラストを描いていました。
筆を握って本格的なイラストを描くのは、
たぶん30年ぶり。

そう、30年ぶりと言えばイデオン。

その伝説巨人イデオンのブルーレィが、
今度新発売?されるので、
そのカバーイラストを描いたのです。

約30年前
商売的には大失敗し乍ら、
いつまでも業界に影響を与え続けるイデオン。
(エヴァンゲリオンも庵野監督が
 リスペクトしたという話は有名)
最早その事が伝説になってしまった感があります。

そんなのにメカデザイナーとして
関われたのは運ですね「うん」

私が久しぶりに筆をとったきっかけは、
夏に某ゲームメーカーのキャラクター
のスケッチを頼まれた事がきっかけです。

今年10月、西荻に通っていたある会社の
顧問の職を解かれた所為で、急に時間ができたのです。
そのとき、一番やりたかったのが絵を描くこと。

もともと東京に出て来たきっかけは、
ちばてつやさんのアシスタントになるつもりだった。
なので、絵を描く事は嫌いなわけではありません。
自然に絵を描けなくなっていったのです。
忙しくて描いている暇が無くなった。

なんせイデオンを描いていた頃は、
ミクロマンも同時進行していたし、
忙しい真っ最中でした。

例えば午前中は朝から外に出て営業
(と言ってもクライアントでパッケージやデザインの打合せ)
夕方帰って来て、(なんせ常に10〜20アイテム抱えていたので)
それから部下に仕事を渡したりオリエンしたり・・・
自分の仕事ができるのは夜中しかなかったのです。

なので、イデオンをやっていた時は
2〜3時間しか寝ていませんでした。

今回も最後の二日位は当時を思い出しました。(笑)
それも自分が感を取り戻すための
必要な時間がでした。

久しぶりにリキテックスの色を揃えたし、
描きたい気分は更に高まっています。
勢いに乗ってあと数点描いて、
サンライズに
イデオンイラスト展でも開いてもらおうかな?。

(添付写真は打合せ後に、湧いたイメージを描いたラフ、
この内のどちらかが採用になりました)


中野サンプラザ レストラン121

中野サンプラザ「レストラン121」の
「ヘルシーバランスディナー」
試食会に行ってきました。

一品ずつ食べ乍らチェックをして
アンケートに答えていくのですが、
その度に丁寧な説明をして頂くので、
おあづけ状態が長かったです。(笑)

それでも味は、美味しかった。
ヘルシーメニューとなると、
だいたいが物足りない(食べ足りない)事が多いのですが、
今回は井上正子先生に作ってもらったメニューを、
シェフが作り、その料理をみんなで試食する、
と言うものでした。

すでに何回かやられているこの企画、
このあとアンケートを修正して、
一般の方々に来週から提供するという事になっています。

場所は中野サンプラザの20階に有る
「レストラン121」で、
「ヘルシーバランスディナー」
3800円のコースだそうです。

すでにその広告の為のポスターやチラシは出来上がっていて、
校正をし乍らの試食会でした。

目の前に先生が座られたので、
アロニアの事で、色々アドバイスを頂きました。
また一緒にゲストで参加されたNさんは
いろんな食材を扱っている方。
この人にも色々アドバイスを頂きました。

美味しさよりも色々参考アドバイスばかりで、
お腹いっぱい勉強になりました。


第一回「家そばの会」

文字通り、家の近くの人を集めてのそば会です。

近所の、つくしが丘カフェの夫婦の企画により、
取りあえず第一回をやってみることになりました。

私にとってそば打ちとは、
近所の人や仲間と楽しく話をする為の道具でした。

そばとは元々何処の家庭でも打っていたもので、
プロなみの腕は必要無いと思っています。
そんな私が人の企画に乗ったと言え、
お金を摂ってそばを打つのですから緊張しました。

私のそば打ちは、遊びで始めたもので、
プロになる気もなければ、極めようという気もありません。
道具も妻の父から譲り受けたから始めたようなものです。

初めて自分でそばを打ってみたら、思った以上に難しかった。
本を読んで勉強しているうちにハマってしまったのです。

おかげでタカラトミーで「家そば」というオモチャを作ることができました。
(その時の意味は「自宅で本物のそばが打てる」でした)
(今回の「家そば会」とは・・・タカラトミーで作った「家そば」のネーミングと
 「家の近くの人とそばを食べる会」をかけています。

今後ともこうした会に参加して、
楽しい地域活動の一環になればいいなと思っています。
そばの魅力と来て頂いた方に感謝です。


『猫あれこれ展』

大倉山に行って来た。

向島アート展で知り合った「ふんずさん」の企画展
『猫あれこれ展』と、
彼のギャラリー「ギャラリートウキョウジョウ」を見に。

改札を出て左に回り込んで線路ぞいに、
5分くらい歩いたところにあった。

表からはこじんまりとしているのだが
中と二階にはかなりスペースがあり中々ゆったりしていた。

中には猫の絵画や小物グッズがいっぱい。
向島アート展で知り合った作家の作品もいっぱいあって
見応えがあった。

残念だが最終日なので昨日でお終い。


酒の酒場

北千住で西新井の知り合いと待ち合わせ。
うわさの「酒の酒場」に行ってきました。
今迄二度足を運んだが入れなかった。

旨い!安い!こりゃ混むわけだ。
次回もぜひ北千住は一件目はここで飲もう。


新潟日記

23日の夜中10:00頃に帰って来ました。
さすが、5時間の運転は疲れる。
(いやそう言えば30分休憩はしたな)

この数日間、田舎の出来事を簡単にまとめてみます。

18日の夜に東京を出ていって、
夜中?明け方?2時頃イシモクさんのモデルハウス「アゼクラ」に到着。
なんか我が家のように落ち着く。

19日はアロニア畑をめぐるつもりが、
朝から大雨で中止。
代わりに午前中は室内会議。
今後のアロニアの展開をスケッチブックに紙芝居にしてプレゼン。
午後はいろいろ関連会社の視察。
ハーブハウス「キッツエミサ」さんほか

20日の
五泉市村松町の同級会は45人中10人の参加でした。
昨年来れなかった人で、新しい参加者は二人でした。
二次会はとなりのカラオケ屋さん。
(誰もカラオケはつかいませんでした)
二次会を終えて3人を今俺がお世話になっている、
モデルハウスに誘いました。
はじめて床が桐の家に泊まったみんなは、
家を立てる前に知っていたら検討したんだがなあと言っていました。
翌朝駅迄送って来年もまたあおうと別れました。
(写真貼付/外装・内部)

21日改めてアロニア畑を視察。
お昼を食べた後別れて午後からは
親戚や知り合いの家を訪ねて夜早くねる。

22日は生家に戻って、
家を視察。
家の床を剝いでシロアリの状況を確認。
そのまま使えればここを
アロニアハウスに改造してとなりの畑
アロニア畑を視察に来た人を泊める場所にする予定。


今日から新潟。

今月いっぱいで、今行っているモデル会社の契約も終わり
次の仕事も探さなくっちゃならないと言うのに、
まずは、田舎新潟で同窓会です。

久しぶりに会った仲間は(昨年還暦の会で卒業後初めての同窓会)
中学時代の仲間ですから皆、見た目は派手に変わっています。(笑)

でも彼らと会うとますます、元気になれます。
自分の小さい時の60歳と言ったら「おじいちゃん」でした。

が、いまの自分にはその自覚も、その気もありません。
現在30代の知り合いが一番多いのもそのせいかも知れません。

そんな彼らと同級会を田舎で明後日やってきます。

今日の仕事(打合せ)が終わったら田舎に帰ります。
今晩は加茂の家具屋さん「イシモク」のモデルハウスにお世話になります。
この家があまり良いので実家には帰らなくなりました。
(もっとも実家には誰も住んでいないし、床もぼろぼろになりかけています)

で、明日は五泉のアロニア畑をみて、
今後のアロニアの売り方や、パッケージについて打合せをしてきます。
こっちからの提案(プレゼン)です。
今度ゆっくりここでも説明していきますね。

13日のフジTVをご覧になった方もいらっしゃると思いますが、
今後「アロニア」はもっともっと見直されて?知られてくることでしょう。
研究されればされる程、素晴らしい効能が発見されています。
(若返り、目の疲労回復、などなど)
しかも糖分が少ないのがいい。(ちょっと渋いですが)

帰って来たらまたその報告をします。


十代の夏休み。

友達(高校生)から合宿中のメールをいただいて、
私も高校生のときの合宿を思い出しました。

部活の合宿とか修学旅行とか、学園祭とか、
非日常は楽しい思い出がいっぱいありますね。

私は中学生と高校生のとき柔道部に所属していました。
で、高校の柔道部ですが、やっぱり強く印象に残っているのは
一年生の時の始めての合宿です。

部にはお金がないからと山の中の休校中の学校を借りて、
校庭の草取りをするのを条件で使わしてもらいました。
部活は初日の朝、部の畳を運ぶところから始まります。
お米は勿論持参して、ご飯作りももちろん自炊します。
柔道の合宿なのか、キャンプなのか分からない状態でした。

特に柔道部の打ち上げ(最終日)の夕食は、
未だによく覚えています。
忘れるはずがありません。
俗によく言う「闇鍋(やみなべ)」だったからです。
(昔、漫画の巨人の星とかにも出ていたやつ)

つまりこの学校に伝わる「食の度胸試し」ってやつです。

作るのは2年生が担当になって代々受け継がれています。
当日の朝から二年生は、合宿が終わるのが嬉しいのか、
我々一年生を驚かせるのが嬉しいのか、
みんな機嫌良くニタニタしていました。

そして、夜。
真っ暗な中で1年から三年迄全員輪になって座ります。
二年生がルールを説明し(と言ってもお椀の中のものを全部食えっていう無茶なんだけどね)
そのあと全員で「いただきまーす」の声のもと目の前の大きなお椀に
入ったものを見えないので”勘”でいただきます。

「ん?ん?ん?」なんかよく分りません。
今迄食べた事に心当たりがありません、
めちゃくちゃ気を使い乍ら食べました。

それでも私と、同じクラスの石井君の二人だけがお代わりをしました。
歴代でお代わりしたのは二人だけだそうです。
要はただの負けず嫌いの目立ちたがり屋でした。

話は変わって中学時代の事です。
今回田舎に帰ったとき、中学時代柔道部だった、
友達を訪ねました。
その彼は現在も柔道の大会に選手として活躍中です。
(現在、講道館6段 新潟県の様々な柔道関係の役員をやられています)

約47年ぶりの再会ですがお互いその道一筋やって来たせいか、
(この場合二人とも”好きな事を”の意味です)
一気に中学時代にタイムスリップしてしまいました。

47年ぶりに会った人と一気にずーっと付合って来た友達のように
馴れ馴れしく振る舞うので
妻からは「人間が浅く見える」だの「・・・・」だのと
いろいろおしかりを受けましたが。

不思議なもので、
他の中学の友達とかは今でも”君”か”さん”づけです。

この差は一体何故なんだろう?
柔道部だったからか?
でも特別仲良いわけではなかった、と言うかライバルだったし、
お互い相手に一目置くところもあったような気がしている。

やっぱり、お互い中学時代、そのままの
”子供”で育ってきたからのような気がしてなりません。
つまり、会って”子供に戻った”のではなく、
”子供のまま”だったのではないかと思っています。

それは好きな事をそのままやり続けてきたから、
気持ちが成長しなかった?と言えば問題ですが、
社会に出てあまり大きな転換期をむかえなかったからか、
(世の中に裏切られなかったというか)
お互い人に恵まれ人を疑ったりして来なかったからだと思います。

だから、47年ぶりであっても「よっ!」で、
挨拶が交わせたのでしょう。

彼と彼が集めてくれる柔道部の仲間と今秋か来春に会う事になっています。
今から楽しみです。


今日から夏休みです。

いよいよ今日から夏休み。
これから新潟です。

もう直き出発します。
朝の1:00頃からです。
この時間が道路は空いています。

この夏田舎にはやりたい事がいっぱいあり過ぎます。

一度は川に行って体を焼いてきたい。
中学の友達と
高校時代の同級生とそれぞれ一人づつ
には会ってきたい。
アロニア畑をみてジャムをもらってきたい。
他にも親戚まわりやいつもの友達にも会いたいし
・・・・
一ヶ月でも足りそうもない。
(いろいろ宿題もあるし)

でも来週の火曜日(8/14)の夜には帰ってきます。

あっ今日夕方携帯落としたら壊れました。
明日直してもらう迄電話もらっても返事できません。
あしからず。


オリンピックにもの申す。

毎晩、暑い夏を過ごすのに、
ビールを飲み乍らのスポーツ観戦はたまりません。

ですが、オリンピックの運営自体には疑問や
腹のたつことが多いです。

日本の柔道での金メダルが少ない
のもそのひとつですが(これは単なるわがまま)
審判の判断のまずさが気になるのは私だけではないでしょう。

一番指導が欲しいのは審判にです。

「礼節第一」というのが柔道のおきてですが、
それが伝わっていないのも気になります。

バドミントンの事件や、
(なんかこれはルールに大きな問題があるようですが)

勝つ事にこだわりすぎるといろんなマイナスが吹き出してくる。
マスコミも責任の無いままにはしゃぎ乍ら金の予想をしたり、
負けて涙を流している人に無理矢理マイクを向けたりする。

プレッシャーをかけることや相手の気持ち等気にしていない?
(いやこれはマスコミ会社の方針であり、
そうした流れに慣れてしまったインタビュアの問題でしょう。
視聴者が見たいだろう気きたいだろうという代弁者、気取り?)

これはお金で飼いならされたマスコミの悲しい性?
伝えなければならないことを伝えて、
伝えなくてもいいことは考えて発言できるインタビュアーが増える
時代になるといいなあ。


今日は隅田川の花火大会

近年この隅田川の花火大会には行っている。

数年前、当時クライアントだった彼に誘われたのだ。
元々会社の部下や親戚を集めて
自宅(浅草)のマンションの7階でやっていたのだが、
世の中「忙しい」を理由にだんだん来る人が減っていた。
そこで声がかかった(と思うのだが本当の所は解らない)

「家で花火みようよ、よーく見えるよ。
 みんな集まってくるし、楽しいよ」
というので、彼の部下にも会いたいし、で行く事にした。

ところが、世の中元部下もやっぱり「忙しい」のである。
なのでいつ行っても彼の昔の部下には会えた事がない。
他の人達とは知合いになった。

昨年その方が、楽しみにしていた花火大会前に
ガンで亡くなられた。。同い年である。

なので、もう今年からは無いのかなと思っていたら、

「奥様が、今年も花火大会を自宅でやりたいと言っています。
皆さん集まってください」と、友達からメールがあった。

旦那さんの一番好きだった花火大会をここで見る。
という行事を無くしてしまうのが忍びないという事だった。
本当に花火(この日)が好きな彼でした。

花火がよく見えるという事は、
花火と同じくらいの高さにあると、言う事で、
難は風向きに因ってはススがまともに入って来る事である。

あれから1年また今年も誘いのメールが来た。
今年はスカイツリーとの競演だと言う。

ツリーが出来るのを楽しみにしていた彼は
出来上がるのを待たずにいってしまった。

 彼はスカイツリーよりも高い所から、
集まった我々の顔ぶれや仕草を笑い乍ら見ているような気がする。


はせがわゆうじ絵画展〜風の散歩道〜

はせがわゆうじ絵画展〜風の散歩道〜
7月18日(水)〜24日(火)
伊勢丹松戸店本館9F美術画廊


昨日は夕方から松戸のはせがわゆうじ展に、
・・・飲みに行ってきました。

11人でぎゅうぎゅうに詰め込まれたところで飲みました。
空輸持ち込みののドイツワイン、ベルギーワインもいただきました!
(もちろん隠して飲んだんだけれどね)

昨日は妻と二人して浴衣で行ったんだけど、
二人して浴衣で歩くと、
「あれ?今日何処のお祭り?」
なんて声が後ろで聞こえます。

涼しくて冷やしてないお土産のベルギービールが
かえってのどに気持ちよく美味しかったです。

下駄は少しなれる迄歩きにくかったけど、
松戸だと帰りが近くていい。

未だやっていますよ。
はせがわさんは今日はもういないけどね。
お近くの方はぜひ行ってみてください。


さよなら原発10万人集会

7/16さよなら原発10万人集会のデモに参加して来た。

 個人的なデモは約40年ぶりだった。
当時(1971)学生運動が盛んで毎週末代々木か日比谷で集会とデモが繰り広げられていた。
 夜からが本番で回りに機動隊が取り囲んでいる中を、太い竹竿にしがみつき乍らジグザグに更新していった。放水も浴びるし催涙ガスの洗礼も受けた。
 しかし今回はちがった。
誰もヘルメットもかぶっていないし、道路のレンガをはがすやつもいない。明るく楽しい集会だった。

 12時頃代々木公園駅を降りるときからワクワクしていた。公園に向かって人がどんどん増えていって信号の度に人かさがましてくる。なんかそれが皆同士だと思うと嬉しくなって来たのだ。

 会場に着くと既に演説は始まっていた。
小室等さんらのオープニングライブは終わったらしく神田香織さんの司会で奈良美智さん、坂本龍一さん、大江健三郎さん、落合恵子さん、瀬戸内寂聴さん、広瀬隆さん等の話を聞いた。
(この他にも数名いらっしゃったのですがハッキリ聞けたのはこの人達という事です)
 坂本龍一さんの「たかが電気で命を危険にさらすべきじゃない」で大きな歓声があがったり、瀬戸内寂聴さんが90歳になられた事を知っておどろいたりした。

 なんと言ってもみんなの心にぐさっと来たのは、広瀬さんの原発を止める為の具体的な対策だったろう。
話の内容は「電力会社と今直ぐ取引をしよう」だった。
彼が言うには「もう猶予がない、日本のプレートは危ないんだ」という事。
「電力会社はやはりお金がないと破産する、だから原子力を動かさなきゃと言うことになっている」
「そのためには電気料金は高くなってもいいから原発を止めてくれ、と言う条件を出して飲んでもらう事が一番手っ取り早い」という話だった。
 結局そこで生活している人達の意識は金が無ければ生きていけないと思っている事。だからその利権から離れられないという、平和の日本が作ったお金至上主義の呪縛だ。

 神田香織さんは相変わらずテンションが高くこの場所には合わない感じがした。皆さんの話を聞いてから第一ステージ(サッカー場)を出た。既にこの場所では自販機の中身がすっかりが売り切れていた。
 ベンチで休んで隣りの人に挨拶すると、二人は埼玉から来たという。二人は話しているときは全く気がつかなかったのだが、一人は足が不自由でもう一人の方は目が不自由だったのだ。

 次に話した人は近くに住んでいて毎週来ていると言うSさんという方。
二人で話しているうちに気付いたのは「なんか来ている人達の平均年齢高いですねー」
「みんな昔デモをしたことがある人ばかりじゃないのか?」だった。

 ここからは勝手な僕の意見です。
現代の若者は多くが優しくならねばならない教育を受けて、草食男子が多くなった。?
飲み屋でも街中でも喧嘩は驚く程少なくなったし、安全になったようにも思えるが、
その実はストレスをためても上手く外に出せなくなっているだけなのでは?
 だから一見真面目?だった人が突然凶暴になってしまう、とかも多いんじゃあないかな?。
もっとゲームから離れて、デモに参加したりして怒りを外に出そうよ、
である。

 第二ステージは二時からトークショーやライブが始まっていたのだが、
ライブの途中でデモの流れにのって帰る事にした。 
 デモの流れにそって歩いていると公園の出口に向かう途中で、喉が渇いていたのでビールを一杯。
すると、目の前で客に民族衣装やアフリカからの楽器を売っている人がいた。
巧みにポリネシアのポイと言うヨーヨーのような玩具でパフォーマンスをしている人がいたが、
それを真似て小ちゃな子が演技する。
名前は俊之助(二歳)女の子のように見えるが男の子である。

民族衣装を売っている彼は、実家は静岡だが、静岡にいては食べていけないので、
ここ東京に出て来ては商売をしているという。
金が貯まったら、インドに行ってヨガの勉強をしていると言う。
年に半分くらいはインド生活だと言う。

 デモの途中は猫を探す活動家の人と話し乍ら恵比寿迄デモをし乍ら帰った。
家では久しぶりにお寿司が待っていた。もちろんビールと。
疲れたあとのいっぱいは格別であった。

ちなみにその日会場で発表された参加者は17万人でした。
さて、今度の公式発表はなん人て発表されるんだろう?


すごいひとに会って来た。

現在、月水金と西荻窪に通っていますが、
西荻の事を知ろうと、
最近「散歩の達人」を買いました。

その記事を読んで、
すぐに会いたいと思った人が
アロマフレッシュの店主安藤久蔵さん。

86歳でこのコーヒー豆の焙煎店を開き、
現在101歳で現役。

近所は自転車で回っていられます。

お伺い(珈琲豆を買いに)した時は[Japanist]
の取材を受けていられる最中でした。
(来月6ページの特集だそうです)

遠慮しようかと思ったら、
「いいからいいからここに座りなさい」と椅子を勧められ、
一緒に横に座りながら話を聞かせていただくことになりました。

話は、安藤さんが中学時代、
初めて東京と出会ったときの印象を語っておられました。

日本橋の「三越」に行ったときは、
入り口で下駄を脱いで注意されたこと。
「だって、家の茶の間よりも綺麗なんだもん」とか、
エレベーターを勧められても、
お金の取られるもんだと思って断って
階段で上がろうとした事、等々が楽しく話されていました。

お昼休みに行ったので、
時間が無くなって
「今日は帰ります、改めてまた来ます」と言ったら、
「今度は電話して来て」と、名刺をくれました。

う〜ん素晴らしい、元気印をもらいました。


曼陀羅webSNSの会員にお知らせ

一昨日から、
曼陀羅SNS(曼陀羅webの仕事仲間だけが閲覧できるサイト)
のサーバーに不具合があり、サーバー管理元のMさんが修理中です。

未だ修復にどの位の時間がかかるかメドが立っていません。
ご迷惑をおかけしますが、
大事なお知らせはメールでしますので、
しばらくお待ちください。

なおその期間こちらでブログを書きます。
よろしくお願いします。


五月のゴルフ

5月も半ば、今が一年中で最高の季節と言う人も多いですね。
自然の中を散歩するのは勿論ですが、
街の中をぶらぶらする散歩もいい。

勿論ゴルフもいい。

そう言えば昨日読んだ本に、
ゴルフをやる人にうつ病はいないとか書いてありました。

確かに自然の中をほぼ一年中歩けますし、(森林浴)
歩くのが体にいいのはほぼ公認の事だと思います。

それに、一発打つときの集中力と、上手く打てたときの快感。
意識の緊張と開放が、ストレスを取り払ってくれます。

私事ですが、
不安神経症になった時に、いろいろやった挙句ゴルフを始めて、
だいぶ楽になった記憶があります。
打つ瞬間の集中力にはすごい力があります。

不安神経症になった当時は、それ迄好きな本を読んでも、
映画やテレビを見てても、突然襲ってくる不安
(どこかへ走って逃げ出したくなる衝動)から、
どうやってもぬぐい去れなかったのでしたが一瞬途切れました。

それは不安神経症から私が活路を見出した瞬間でもありました。
そして、ゴルフにのめり込んで(これも良かった)
いつの間にかゴルフとの縁はきれなくなりました。

そしてなんと言ってもゴルフを続けるには、
楽天家であるか、楽天家になるしかないのです。(私は勿論後者ですが)

つまり、自分の性格も変えないと
不安神経症は治らないのだと思います。

これはお医者さんに言われた事ではなくて、
自分で本を100冊以上読んで悟った事です(代表参考本=森田療法)
なので皆さんの中で不安神経症や鬱の方で
悩んでいる方総ての参考になるかどうかは当然分かりません。

ゴルファーの資質は先天的であれ後天的であれ、
スコアーがどんなに悪くても、
次はきっともっとうまくなってやる。

右に左に曲がったボールも次はまっすぐ飛ばしてみせる!
と常に前向きにならざるを得ないのです。

「この素晴らしいゴルフに出会えた事に感謝!!」(故:夏坂健)

ホントこの言葉に感動しました。


最近のゴルフ練習場

昨日も肩を慣らしにゴルフの練習場に行った。

すると、数打席離れた所で、作業服を着て練習しているのがいる。
(ボンタンを履いて頭をバンダナで丸く冠ったようにしばっている)

そこへ、この練習場の常連らしい人が来て
「さすがに今日は止めたよ」と言って、
その作業服の人と話をしていた。
雨だったので予約をキャンセルしたらしい。

ここで、先日書いた気まぐれブログの事が気になる。

何故あとから現れたゴルフの先輩(多分同年輩かそれ以上だろう)は
その若者の格好に注意をしなかったのだろう?
そして雨の日のキャンセルを自慢げに話したのだろう?

服装は少しは気にするべきだし、
雨で止めたのは情けない事なのだ。

もうちょっと本物のゴルファーならこの風潮を止める、
緊張感が欲しいものである。


最近のゴルフに思う。

先週から肩痛で二週間程ゴルフの練習を休んでいた。

しかし来週月曜日(ゴールデンウイーク最終日)
星の宮カントリー倶楽部に行く事になっていたので、
昨日びくびくしながら練習場に行ってみた。

結果は、
少しは痛かったが、なんとかスイングは出来た。
(アプローチだけだが)あと1週間あるので、
あと二回位は練習が出来る。
その内には治るだろうと思っている。

しかしなんでそんなに迄してゴルフに行くのか?
答えは二つある。
ひとつは勿論好きだから。
そして、もうひとつはゴルフとはそう言うものだから。

そう言うものとは、
「いったん場所と時間が決まったら、遅れない、約束は破らない」
と言うのがゴルフの基本だからです。

(これはゴルフだけではなくイギリスの野外スポーツ全般、
サッカーも、ラグビーも或は決闘等にも言える事です)

これが「ゴルフは紳士のスポーツ」と言われる所以です。

この歴史的な背景を知らなければ、
スポーツと呼べるかどうか(ゲームの要素が強い)の
ゴルフにこうは夢中になれなかったでしょう。

ルールにしてもそうした
「誰が見ていなくても、約束を守る」から、
相手に不利(卑怯)な事はしない、が基になっている。

このゴルフと言うごっこ遊びを、本気でやる事で、
世の中の仕組が総てそうした約束事で出来ている事も見えてきます。

何だって、人と人との約束事でしか成り立っていない。
お金の存在でさえ共通の価値を
みんなで共有しなければありえないのですから。

なのに、
その社会の共通の意識が薄れてきているような気がします。
ギリギリになって断ってきたり、
少し痛い位で取り止めたりする人が多くなった気がします。
(出来そうも無い人に無理にやる事を勧めているわけではありません。
出来そうもないときは早めに連絡することが思いやりです)

私はゴルフの約束も、仕事の約束も、
約束は同じだと思っているだけなのですが。


オネストワン復活

昨日久しぶりにゴルフ仲間と会った。

ゴルフ場ではない。
北千住の居酒屋さん。

仲間とは私の主催するオネスト・ワン
ゴルフ倶楽部の幹事3人含むメンバー6人。

昨年春のゴルフコンペを、
あの地震で中止したまま一年半何も活動していなかった。

今年になって
その再活動を望む声をみんなにかけてもらって、
動き出す事にしたのだ。

ゴルフもいいがゴルフを肴に飲むのもいい。
本当にゴルフにであった事に感謝である。


携帯に頼らない日々

携帯を忘れて家を出て、
帰ったのは夜の10時過ぎ。

やっぱりこういう日に限って連絡がいっぱい入っている。
携帯を当てにしない生活をしているつもりでも、
相手があっての電話である。

今日電話をくれた方、
済みませんでした。


一年を振り返って。

 先週、読売新聞が「原発再可動を急ぐべき論」を社説で発表しました。

まだ、福島の処理も今後の見通しも片付いていないのに、
3.11を前に会社の方針を示したものだったと思う。

あ〜4chは完全にその方向に走ったなと。
先日3/11日のTVを見ていて気付いてしまいました。

 あのTVで人気だった「ダッシュ村」
(ずっと見ていた訳ではないので、いままでの経緯はよく分らないのですが)
のドキュメンタリー?ぽい特番で、ダッシュ村の現在の状況調査と、
チェルノブイリまで行ってインタビューしていました。
 その中で感じたのは、プラスの面?ばっかり報道していた事です。
福島はチェルノブイリより被爆量が少なかった。
チェルノブイリではいまだに現地に残って農業を
やって生活している人が多くいる。
(酪農家や畠農家にインタビューしていた)
などなど。表向き発表されていることばっかりのおさらいだった。

 ソ連の政府発表の数十人の死亡説とその他調査機関の数字はかなり差がある。
ソ連政府の発表と日本政府と東電の発表が信用できないことは、
みんな知っていると思ってはいるが、こういう番組でカムフラージュ?
されると裏(本当の事)は見えなくなるんだろうなと心配になりました。

 リスクはとらなければならない。が、果たして東電と日本政府は
ちゃんとリスクがとりきれるのでしょうか?そんな訳がありません。
既に亡くなった人達や、住む場所が亡くなった人達の生活を、
原発事故が無かったら?と言う状況に戻す事はもう絶対に出来ないのです。
 これから起こるかもしれない健康被害の不安を解消する事もできないし、
例えばそれが原因でガンになった人がいても多分責任は取らないでしょう。
(チエノブイリでは平均年齢が10歳も(75から65に)下がったとも言われています)

 だとしたら、そんなリスク回避の出来ないものを、使い切れてもいないのに、
ましてそれが無いと日本は生きて行けないと国民の指導者たる?
新聞社が報道するものではありません。そう考えるのは愚かな事です。

 本当に原発再可動案しか出せないとしたら、それは指導者ではありません。
そんな、未だ安全も確認できない玉手箱に頼るしか無いとしたら、それは無能者です。
それは一か八かの単なる博打です。単なる原発信者です。また神話が発生します。

 最近東電では、補助電源の入れ方も知らなかったり、
いざと言うときの予行演習もしたことが無かったと言う事が分ってきました。
このずさんな管理意識のままで、再可動を推進する読売の社説には反対です。


やなせたかしせんせい祝93歳!

今年もやなせ先生の誕生パーティは大盛況でした。
場所は帝国ホテルで18日行なわれました。

93歳のせんせいは今年も元気でした!

今年のプレゼントはあたたかな手袋付手編みのマフラーです。
(本当は変形させたかったのですが・・・無理でした(笑)

昨年演出に失敗したドライアイスを再度使って(妻が)運んで行くと・・・
「おっ昨年のリベンジだな」と昨日の事のように思い出してくれました。
(このリアクションが欲しかったので、この言葉だけで満足でした)

会場に仕込んだサクラ30人と一緒に1.2.3でクラッカーを鳴らすと、
壇上の左右に並んだ女性二人が踊り乍ら先生の首にマフラーを
巻く演出を考えたのですが、・・・
殺しそうな気がして
さすがにそれは出来なかった様です。

しかし、優しく首にマフラーを巻いてもらった先生は、
あとはいつものように、
しっかり歌で感謝の気持ちを
表してくれました。(笑)

ありがとうございました。
みんな元気をもらって帰りました。


60歳の壁

今年の冬はなんだかいつもの年より寒い気がする。
これだけ寒いとなかなか調子も上がらない。
基本的に7月生まれの俺は夏が好きだ。
それは俺が60を越えたからなのか。

回りから「60を越えると体力の衰えを感じますよ」と
言われ続けて暗示にかかってしまったのか?

ときどきふと弱気な自分に気がつくときもある。
いや,ふだんはぜんぜん気にならないのだけれどね。

気温の所為か、環境の変化か、最近
60歳の壁はかなり高く感じます。
登ってしまえば多分どうってこと無いんだろうけどね。

今年の目標は体力を付ける事、
体重を8キロ落とすのにも弱気になってしまい、
なかなか一歩を踏み出せない。

20年前タバコを辞めようと思ったとき、
「もし辞める事が出来なかったらどうしよう?」と
弱気になったのと一緒だ。

決心するのに時間をかけて、
意志さえ固まればまだまだ一気に出来るはず。
と言い聞かせている。

他にも決心のつかない事は沢山あるが、
まずはこの一歩から始めようと思う。


明けましておめでとうございます。

昨日(大晦日)は我が家も久しぶりに、
全員揃って年越しそばで、
新年を迎える事が出来ました。

年末は何かと忙しく、
皆が一緒に食事する事が出来ませんでした。

忘年会だったり、
忘年会のような◯◯だったり、
ゴルフコンペだったり、
やっと落ちつきました。

昨年を振り返ってみると、
いろいろやって来た事が年末になって、
ようやく実を結びかけている気がします。

思えばこの曼陀羅webのベースになっているSNSも
仕事を創り出す事を目的でつくったものでした。

最初から何も無いところから、
ものを創り出すと言う仕事は、
会社員でいるときは当たり前の事でしたが、
個人となると大変な事でした。

フリーになって一日動き回っていると、
(会社員で給料が自然に入ってくるのとは違い)
一日分のアルバイト代が無くなってしまうどころか、
交通費や打合せで2〜3日分の
出費がかさんで来る事も実感しました。

まあ、そうした中で
サンライズの企画の第一歩
(商品企画)をクリアできましたし、
話を聞いて動き出してから三年かかった
アロニアのお酒のラベルや
一年かかった足立区の生物カードが
商品化に繋がった事で、
ようやく道が開けてきました。

まだまだ、これからではありますが、
今年が来年以降に向けてどの位飛び上がれるかの
大事なジャンプの角度を決める年になるかと思います。
ジャンプの角度は決めていませんが、
一応十年後に最高点に達する事を目指しています。

話は変わりますが、
やなせさんは来年93才の誕生日を迎えられますがなお現役です。
(そのプレゼントのアイデアを今考え中です)
同じ千葉県柏市に住む佐藤安太さんは86才で博士号をとられて、
こちらも、まだ先を目指されています。

この二人を目標に今後も努力していきたいとおもいます。

皆さん昨年はありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。

現住所と全ての連絡先です。

曼陀羅web:樋口 雄一
http:/www.mandala-web.info/
mail: mandala@kcf.biglobe.ne.jp
〒277-0072
千葉県柏市つくしが丘2-12-8
mobile: 090-4930-2805
mandalaweb@docomo.ne.jp


安中由依ライブ

安中由依さんとお友達の舞さんのクリスマスライブ。

http://ameblo.jp/the-life-map/

が、新宿であります。
私も顔を出します。

時間のある方、
ちょっと新宿に寄る用事がある。

と言う方はぜひ立ち寄って参加して下さい。

あるいは近くに来た人は、
私に連絡だけでもください。


家に帰ると妻が必ず死んだ振りをしています。

って、いうタイトルの本ご存知ですか?

私は先日行った柏の本屋で知りました。

タイトルの面白さに誘われて手に取ると、
つい面白すぎて、
立ち読みで読破してしまいました。

なんかネットではすでに有名らしくて、
横を通った高校生のペアも女の子が男の子に、
「これ、本当の話なんだよ、

帰ってくると奥さんが死んだフリしているんだって、
それをヤフーの知恵袋に、
『どうしたら止められるでしょう?』って
書き込んだことから始まったんだよー」

って説明していました。

一時の「生協の白石さん」みたいですね。

このタイトル程ではありませんが、
私も結婚当時、妻の性格が理解できずに
困っていた事がありました。

●帰ってくると家具の色が変わっていた。
●帰ってくると和室が無くなっていた。
●帰ってくると押し入れが無くなっていた。
●帰ってくるとキッチンがタイルばりになっていた。
●帰ってくると新しい家を買ったからと言われた。
等々。

まあ、私の場合は毎日ではなくて、
あいだが空いていたので、彼程ではなかったですが。

結婚当初「妻が何を考えているのか分らない」
というのはどこも同じでしょうが、
世の中にはおかしな奥さんもいるもんだなあと感心しました。


本日午後3時から日本橋。

本日午後三時から,
妻(裕子)と二人で
日本橋(茅場町)アートラボにいます。

場所
ArtLabTOKYO
103-0026
東京都中央区日本橋兜町16-1
第11大協ビル3F
tel 03-5847-5884
http://art-lab.jp

道に迷ったら私にお電話ください。
mobile 090-4930-2805(樋口)


中学時代の同級生

今晩から新潟に帰ります。
46年ぶりの中学校の同窓会があります。

みんなお互い覚えているのだろうか?
みんな髪の毛が無かったらいやだな。
心配です。

自分のクラスに連絡してくださいとあった
1〜6クラスの名前に心当たりがなく、
(当然自分のクラスも覚えていない)
適当なカンで電話した。

元気で大勢集まってくれる事を願って帰ります。
皆と連絡がとれれば田舎が近づきます。
また強い絆ができ、何かやるにも心強いです。

今晩夜中に帰るので、
宿は加茂の桐の家具屋さんイシモクさんのモデルハウス 
あぜくらを借りることにしました。
(http://www.ishimoku.co.jp/showroom.html#modelHouse)

この家は。
桐で何処まで出来るだろうか?
と言う事で実験的に作ったのと、
桐を多くの人に知ってもらうには、
住んでもらうのが一番だと言う事で、
出来たモデルハウスです。

前にも泊めていただきましたが、
桐床に慣れている私は落ちつきます。

宿帳?寄せ書き帳?には中尾ミエさん等
芸能人の名前も見られ、
社長のおつきあいの広さが伺われます。


ホットスポット

柏に移り住んではや10ヶ月。
あっという間でしたね・・・
と言うのは年末にしましょう。

ご存知のように千葉県はホットスポットと喚ばれ
放射能濃度の高いところ。
ウオーキングの途中でいろいろと計ってみました。
大体この近所は0.07〜0.17くらいまであります。
(家の中も外も変わりなくなってしまっている)
でも0.07と言うのは(この計測器では)都内の室内でも
同じようなものです。

実際に8/21日から計測してみると
積算で162マイクロシーベルトになりました。(10/2現在)
毎日3.95の影響を受けていると言う事です。かな?

ところが近所の公園では問題にならない位高いところがあるのです。
先日行った公園では1.07と言う数字が出ました。
そこには小さな子供を乳母車に乗せて散歩している方や、
子供が芝生の中で寝転んでもいます。

が、先日母に言われました。
「そうやって地元の放射能を計ってあそこは高い
何処は高いって言われると、
地元に住んでいて動けない人達は
自分たちの事を否定されているようで哀しくなる。
やめてください」
って、全く福島の人達と同じ気持ちですね。
よく分ります。

でも、思わず「そっちはあぶない!」
って叫びたくなるのをこらえるのも?良心の呵責に耐えません。

こんな日本に誰がした?!


吉祥寺

最近私は吉祥寺近辺に、よく出かけます。

先週は3日は駅前のハーモニカ横町に展示即売会をやっている
「トウキョウジョー」と
「ハンサム」と命名した個展をやっていた
オープニングパーティに行って来ました。

すると驚く事がいっぱいあります。
人の密度が半端でありません。

勿論その分お店も沢山ありますし、
駅前なんて隙間がない位
ぎっしり並んでお店が建っています。

銀座のように大きなビルはなく
そんなに高級店もなく
こじんまりした個人商店が多いようにみえる、
のも魅力の一つでしょうか。

同じ種類のお店も多いせいか
それぞれのお店がいろいろ個性を出していて
楽しいのです。
それでワクワク感が湧くのでしょうね。

最近の住みたい町ナンバーワンなのも分ります。

そんな場所でさらに友達のイベントがあります。
私は16日頃行って見ようと思っています。
http://www.mandala-web.info/contents.php?id=9#tag_583


’11.08.27隅田川花火大会

隅田川の花火大会に行ってきました。

今年は一月遅れのせいか、過ごしやすかったですね。
大勢の人が夏休みの〆にと参加されたようです。
ゆかた姿も通年より多かったような気がします。

私も昨年と同じ場所
(浅草のマンションの9階にあるTさんのお宅)
に行って見てきました。

しかし残念な事に今年は、
ご本人はいらっしゃいません。

2年間の癌との戦いの末、今年6月24日永眠されたのです。

主人のいらっしゃらない花火大会になりますが、
毎年この日を楽しみにしていた我々とご主人を偲んでと、
奥さんが私達をよんでくれたのです。

花火は我々の気持ちと関係なく、
夜空に大きな花を咲かせていました。

思わず「千の風になって」の詩を思い出しました。


田舎帰り。

お盆休み、新潟に帰っていました。
意外と短く忙しい1週間でした。

親戚の人や義理のある人にはぎりぎり会えましたが、
まだまだ会いたかったのに会えなかった人も
たくさんいます。
ぜひ秋の帰省時には会いたいものです。

写真の順番はばらばらですが、
一応取って来たものをアップしました。

アロニアはこんな暑い日差しにも負けず元気に育っています。
その真ん中になぜかピザ釜が?

金鵄盃酒造に行きアロニアのポスターを
10枚ほどいただきに行きました。
絵を描いた妻の紹介を兼ねてです。

それを持って町外れにあるイタめし屋さん
「オネオネ」に。
このお店も最初のころは、
ただでさえ民家の少ない町なのに、
町の外れにお店を開いたときは
みんなに呆れられたそうです。
そのドアにアロニアのポスターを貼ってもらいました。


市営プールに弟とその子供(姪)が行ったら、
ほかに誰も泳いでいなく、
姪一人に四人の監視員が付いてくれたそうです。

五泉の粟島公園で
由依ちゃんの参加する野外ライブを見に行った。

夏休み最後の日、
田舎で新たに町おこしの準備を始めた従兄に連れられて、
現在使われていない資源を見に行ってみました。

御神楽岳入り口(上川村)には、
今は使われていない登り釜や、バンガロー、
ライブ会場、などなど埋もれている宝(設備)がいっぱい。

そのほか、従兄の作ったお寺の庭を見に行ったり、
いつもお世話になる家具屋さん「イシモク」に行ったり、
あっという間の一週間でした。


夏休み。

いよいよ今日から、
私は夏休みに入ります。

田舎(新潟県五泉市)に帰っていろんな所へ
顔を出してきます。

昨年は一度も帰らなかったので、
行きたい所もいっぱいです。

まずは、両本家(父と母の実家)に顔を出して、
みんなに挨拶したら、
スイカとトウモロコシが食べたい。

それに枝豆とビールが出てくれば最高です。

五泉のアロニアの畑を見に行ったり、
その後の展開も聞いて来ます。
楽しみです。

あとは友達に会って情報交換して
田舎のことも少し調べてきたい。
(と言っても飲みたいだけだけれどね)

では皆さんも残る暑さを、
元気に楽しんでください。!!

では、今晩から行ってきます!

樋口 雄一
mail: mandala@kcf.biglobe.ne.jp
〒277-0072
千葉県柏市つくしが丘2-12-8
mobile: 090-4930-2805
mandalaweb@docomo.ne.jp


上野恩賜動物公園

久しぶりに上野動物園に行ってきました。
スケッチをしながらちょっと
動物のことを調べたかったからです。

動物園内は子供が多いのに驚きました。
元気に遊ぶ小さな子供や、
乳母車から無邪気にはしゃぐ
赤ちゃんを見ていると、
いくら楽天家の私でも放射能のことが気になります。

とくに今私が住んでいる柏市はホットスポットと言われて
放射線量の多い所です。

今直ぐに影響は無いと政府や東電は言っていますが、
今までのウソをついて来た経緯を見ても、
(原発のウソ:小出裕章 福島原発の真実:佐藤栄佐久)
信用できるものではありません。

かと言って今すぐ私に出来ることは何もなくて、
ただただ子供を見守るだけです。

やがて動物好きな子供は、
自然にも興味をもち環境にも感心を持つことでしょう。

そうして、
人間が一番環境を壊していることを知って驚くでしょう。


暑気払い、同窓会。

7/16日同郷(新潟県五泉市)の同窓会が中野であり行ってきました。

今回また初めての人二人と知合いました。
一人はウエッブデザイナーのIさん。

そしてもう一人はお店のご主人。
「百人衆」(http://ameblo.jp/hyakuninsyuu/)の山田さん。

ウエッブデザイナーの彼女は、
他の人には全く忘れられてしまった、
同級生のT君を覚えていてくれたので、
彼の話で二人で盛り上がりました。

他の人がT君を覚えていないのも無理はありません。
T君は手塚治虫さんのアシスタント
になるため高校二年で学校を中退したため、
ほとんどの人には1年の記憶しかない訳です。

ところが、Iさんにはあるエピソード(内緒)と
一緒に記憶に残っていたのです。(笑)
僕はその年(高校二年生)の夏、Tくんを訪ねて
友達3人と上京し手塚治虫さんに会わせてもらうことが出来ました。
T君の勧めで?先生が起きてくる間、当時連載中だった「火の鳥」の
鳳凰編?に記念にとペン入れをさせてもらいました。
もう時効でしょう(笑)

T君とは当時虫プロで発行していた漫画雑誌
COM(コム)の新潟支部で知合いました。(他にも10名ほどいました)
ですが、その後連絡をとれないままで心配しています。

もう一人は、ここ中野駅前の居酒屋「百人衆」のご主人山田さん。

ここのお店は、新潟の酒造会社「金鵄盃酒造」のKさんから
「是非一度行ってみてくれ」と言われていたので、
何時か来ようと思っていたのですが、
丁度良いタイミングで同窓会があり、やっと来れた訳です。

その金鵄盃酒造のKさんの話をして、
自分がラベルを担当させてもらった「アロニア酒」の話に及んだとき、
ビックリしました。山田さんから、
「あれは地元五泉市の街おこしに同級生がやっているのですよ」
「えっ、それじゃあサンファームの樋口紘一さんも知っていますか?」
「勿論同級生ですから」
「彼は僕の従兄です」・・・ということで、山田さんはそのまま
僕の前に座ってしばらく話をしてくれました。

その話の途中で、そばのニューウエーブを起こしたと
言われる「竹やぶ」の阿部さんも同級生だったことを知りました。

世の中、話をしないと分らないことがいっぱいあります。
まして話を出来る所まで、自分で歩いていかないとそのきっかけも掴めません。

今回はとっても楽しい同窓会になりました。
勿論創作料理も美味しいですし、
お酒も美味しいのが揃っていました。
今回は新潟の「菅名岳」をいただきました。
あー美味しかった。


いよいよ七月!

今月いよいよ還暦を迎えます。

今迄はあまりと言うか全く年齢的な衰えは気にしたことがなかったのですが、
60代と言うと健康や体調に少しは気を使わなければなりません。

今年に入って近い年齢の人が、
いろいろな病気で亡くなったりもしています。

元気な方でも同年輩や少し年輩の方と話すと、
直ぐに体調の話が出てきます。

今のところ僕はまだ血糖の心配ないし、
血圧も120ー72で安定しています。

が、
今迄のように飲み過ぎやオールは
控えようと思います。(自戒の念を込めて)


「全米オープン」

 第111回全米オープン。
昨日ようやく終わりましたね。
面白かった〜。

 今年はメリーランド州コングレッショナルCCで開催され、
北アイルランド出身のローリーマキロイ選手が優勝しました。

 選手の名前も(マキロイ選手は昨年から知っていたけど)、
知らない選手がいっぱい出てきます。
(基本的にあんまり人の名前を覚えないし
テレビ中継も昨年までは見ていなかったので
詳しい人にはこんなのも知らないのか?!
って言われそうですが)

 とくにここ最近ヨーロッパの人たちの活躍を目にします。
「全英オープン」に比べると、
途中雨と雷で中断されたものの選手からすれば
風や気温など全体的な気候の条件はだいぶ楽でしょうね。
(芝やラフの状態は分かりませんが)

 マキロイ選手はいつも(地元ヨーロッパツアーでも)
あんなに高い球を打っているのでしょうか?
 そんなことを感じながら選手のスイングを見ていると、
みんな綺麗なスイングで、簡単そうに振っています。

道具(クラブ)の所為でなんか打ち方が、
大分変わってきたのが分かりますね。

 勿論石川遼もよくやった。
最終日今大会初の60台をマークして30位タイに食い込みましたね。
一気に崩れた昨年とは違い最終日にスコアを伸ばしてのフィニッシュは見事でした。
今後の活躍を見ていきたいですね。

【最終結果】
優勝:ローリー・マキロイ (-16)
2位 :ジェイソン・デイ (-8)
3位T:ケビン・チャペル (-6)
3位T:ロバート・ギャリガス (-6)
3位T:リー・ウェストウッド (-6)
3位T:Y・E・ヤン (-6)
7位T:ピーター・ハンソン (-5)
7位T:セルヒオ・ガルシア (-5)
9位T:チャール・シュワーツェル (-4)
9位T:ルイ・ウーストハウゼン (-4)

30位:石川遼         (+2)


虹をわたるクロフカ/22話が更新

虹をわたるクロフカの22話が
アップされました。

出版 印刷物からごらんください。


虹をわたるクロフカ

虹をわたるクロフカの二十一話をアップしました。
出版 印刷物からごらんいただけます。


虹をわたるクロフカ(二十話)が更新

虹をわたるクロフカも、十九話、二十話が更新され、
いよいよ架橋に入ってきました。
ここらで今までの分をまとめて一気読みしてみたら如何でしょうか?。

http://www.mandala-web.info/contents.php?id=4#tag_391


嬉しいお知らせ。

今年2月6日で92歳になられた、やなせたかし先生ですが、
毎年赤坂プリンスでは、詩とファンタジーの授賞式と一緒に、
先生の誕生日パーティがあります。

今年も2月4日に赤坂プリンスでは最後になる
(取り壊しになるので)
誕生日パーティーが開かれました。

そこでは、元「詩とメルヘン」の受賞者(星屑同窓会)が、
主体となって毎回誕生日プレゼントを贈る事にしています。

僕も、はせがわゆうじさん(実行委員会の副会長?)の計らいで
8〜9?年前から
お手伝いスタッフとして参加させていただいています。

いままで、やなせ先生のフィギュアとか、
131人のイラストレーターによる巻物とか
やなせうさぎの人生ゲーム、
などプレゼントしてきましたが、
今年の二月は一段と寒かったので暖かくしていただこうと、
やなせうさぎをデザインしたキルティングの
ベストを作ってプレゼントしました。

いつもと比べて何か物足りないと思った僕は、
ドライアイスの演出を思いつきました。
ベストを隠した箱の中に
大皿を敷きドライアイスを入れ
渡す直前に水を注いでプレゼンテーターに渡したのです。

しかし、暗いところでの作業だったため、
水を注ぎ過ぎこぼれてしまい
ベストを濡らしてしまったのです。
このときのことが気になっていたのですが・・・

はせがわゆうじさんからこの事が載った新聞の記事を送っていただきました。


虹をわたるクロフカ(第十七話)

月之宮成子さんの
「虹をわたるクロフカ」
(第十七話)をアップしました。
どうぞごらんください。


皆さん無事ですか?

東北地方は悲惨な事になっています。

3月の11日地震当日
私もアルバイトで上野にいました。
皆さん(都内にいらした方も)いろんな苦労をされたようですね。

私は今年から柏に移っていたので、
どうやって帰ろうか迷ってしまいました。
妻と妹が銀座にいたので迎えに行く事も考えましたが、
なんせ携帯がぜんぜん繋がらないのですれ違うことを考えて諦めました。

三ノ輪にいる友達から自転車を借りて、西新井まで行き、
西新井の友達に車を借りて妻を向かいに行こうと考え歩きはじめました。

しかし三ノ輪まで行っても携帯が繋がらないので諦めて、
そこから水戸街道に向かいました。

歩くのが苦にならない私にはそれほどでもなかったですが、
一緒に歩いていた方々の中には、ヒールの高い靴を履いた女性やら、
高齢の方、或は乳母車を押した女性も一緒でした。
皆で声を掛けあいながら?
(私が勝手に話しかけながら)歩きました。

乳母車を引いた女性は三ノ輪から亀有に向かう途中まで
一緒だったのですが、南柏の方でした。
亀有でバスに乗るか電車の回復するのを考えていたようです。
私もそのつもりで歩いていました。

しかし水戸街道に出た所でそれは諦めました。
道路がまるっきり流れていないのです。

結局最後まで歩いて帰りました。
柏の家までは7時間半かかりました。
17:00から歩きはじめて00:30に家に着きました。

途中でみんな休まれたりしたので
最後までは一緒でなかったのでよくは分りませんが
相当大変だったと思います。

取りあえず私の親戚関係は(岩手も含めて)
安全な事を確認して安心しました。

しかし友達や知り合いの中にはまだ家族の安否確認が
できないでいる方が何人もいます。

早く無事でいることが確認出来ることを祈っています。


虹をわたるクロフカ/第16話アップ

皆様長らくお待たせしました。

月之宮成子さんの
「虹をわたるクロフカ」第16話をアップしました。

出版印刷物の島から入ってごらんください。

感想を頂けたら嬉しいです。

mail: mandala@kcf.biglobe.ne.jp


向島昨今

昨日は今年一番の良い天気で?
向島のブックマルシェに行ってきました。
(来月4/1〜3が本番で昨日はプレオープンです)

天気が良かったせいか、
大勢の方に来ていただきました。

知り合いの方も大勢来ていただいて久しぶりに
お会いする事ができました。


充実して、柏の家に帰ると
一通のお知らせメールが来ていました。

一昨年向島で第一回アート展をやった時
向島のアート展*にいらした「アートギャラリー石」からです。

僕はオーナーの方しか知りませんが、
その時銀座の画廊状況を教えて頂いた
アートギャラリー石のオーナーが
御亡くなりになっていました。

どなたか展示を計画中の方がいらっしゃいましたら
声をかけてみてください。


(向島アート展とは一昨年昨年と曼陀羅webで主催してやった、
向島界隈のお店(喫茶店や雑貨店ギャラリー)9店舗を御借りして
30人から40人の作家が集まってやった展示会)

以下メール文です。
******************************************************************************************

樋口さま

銀座の“アートギャラリー石”です
ますますのご活躍のこととお喜び申し上げます
お引っ越しで新しいご生活は如何ですか

是非、ギャラリーをご利用頂ける方のご紹介をお願い致します
昔の銀座のまま、時の流れが止まったような奥野ビルの雰囲気を気に入って頂ければ幸いです
ご連絡をお待ち申し上げております
今後の、ますますのご発展をお祈りいたします
p.s.
本年正月にオーナーの母が亡くなりました
母の遺志を継ぎ,創作の世界の方々の応援が出来ればと
引き続き頑張っております

アートギャラリー石
中央区銀座1-9-8-208
080-5506-6565
石渡


住めば都

此処に来てもうすぐ2ヶ月。

まだ片付いていないものも多くありますが、
ほぼ毎日の生活は落ちついてきました。
その証拠に二ヶ月で3.5kも太ってしまいました。

引越しで見失ったものも多くあります。
(まだ全部の荷物を開いた訳ではないので)
例えば、Zライトの取り付け部、デジタルカメラのPC接続コード等々
これらが無いとカメラのデータが取り出せません。

アルバイトをしながらも企画書はどんどん進んで、
以前よりも生産性は上がっているかも。
やるべき事もやりたい事も少しづつ多くなってました。

再来月5/14日は「う・そ会」を
足立区竹の塚で開く予定です。

参加者募集中です。
参加ご希望の方はご連絡ください。


引越ししました。

2010.12.30より二十数年間住み慣れた足立区を離れ、
千葉県の柏市民になりました。

年末から今迄引越しやら何やらで
他の事に手が回らず何にもできませんでしたが、
ようやく少しずつですがものも片付き
必要なものが使えるようになりました。

このパソコンもそう、
接続に随分時間がかかってしまいました。
(NTTとルーターとプロバイダーの間でたらい回しにあってしまいました)

TVや携帯やパソコンに成る可く依存しないように
と思って使っていましたが、
TVは兎も角携帯とパソコンには
もうすっかり依存しまくっている事が分かりました。

こういう事って使え無くなって解るんですね。

メールアドレスも変わりました。

(旧)mandala@adachi.ne.jp
(新) mandala@kcf.biglobe.ne.jp

改めて今年もよろしくお願いします。


引越しします。

長い間、
更新をお休みしていました。

しばらくおつきあいの遠ざかっていた方には
突然ですが、
今住んでいる足立区竹ノ塚から千葉の柏に
今月の23日に引越しをします。

引越しを済まして落ちついたら
また改めて2011年の計画や今考えている事を
まとめて発表します。

それまで、このwebの更新も少しお休みします。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

※メールアドレスは今月いっぱいで通じなくなります。
(今迄足立ケーブルのアドレスを使っていたため)

が、携帯や携帯のメールアドレスは今まで通り使えます。
御用の方はこちらにご連絡ください。

携帯電話番号090-4930-2805
携帯アドレスmandalaweb@docomo.ne.jp


では、みなさん、良いお年を・・・


携帯が帰って来た

壊れた携帯を修理に出したら、
10日程度できれいになって戻って来た。
(外のカバーまでとり変えてくれたドコモさんありがとう)

その間も借りた携帯を使っていたので
実際はそれほど困らなかったが。

まだ登録していない人のメールが来た時は困った。

「今から行きまーす」
「今何処ですかー」
というふうに突然用件だけが入ってくる。

アドレスに名前が入っているなら
(あるいは約束している人なら)分かるが
登録していない人からのメールだと、

「了解、ところであなたのお名前は?」となる。

PCのメールでもそれはあるが
極めて少ない。

手書きの手紙やはがきでは絶対なかった事である。


携帯壊れました。

携帯が壊れた。 

文字通り何の反応もしない。

自分的には何も困りはしないのだが、
今は向島アート展の開催中である。

チラシに携帯のメールアドレスも載せている。
友達にも来たら電話して、と言ってある。

携帯を買ったショップに修理に行くと
知らない間に400人以上のアドレスが登録してある。

時代の要請なのか
あんなに携帯嫌いだった自分が
いつの間にか携帯に頼った生活をしている。

携帯とPCを使いはじめてから、
私の生活が随分変わった事に気付いた一日でした。


向島アート展開催中!

 向島アート展(開催中)のお知らせメールを送っていたら、
突然(トラブルはいつも突然ですが)送れなくなってしまいました。
なので内容をかいつまんでお知らせします。

 最近ますます、アーチストやクリエーターの活躍する場が少なくなってるようです。
そこで自分たちで仕事を作ろうと始めた企画です。

「歌舞伎の世界にもスーパー歌舞伎ができたり、柔道も青色の道着が定着した。
そんな激しく時代が変わる中で美術館や展示会の手法が昔からあまり変わらない」
そんな話しも聞きました。

 そこで美術館や一般のギャラリーの堅苦しさを取り払って、
参加者みんなで一緒に楽しむ、そんなアート展があってもいいじゃないか。
場所は向島辺りがいい。(向島にはアートを身近にする雰囲気があります)。

 普通展示会は終わったら何も残らないものですが、
今年は作品集(カレンダーつきポストカード)を作りました。
 (昨年の展示会で地元をテーマにした作品を商品にしています)。

 買ってくれた人に思い出ができ、
地元の作品が売れる事でお店の人も喜び、
作家に還元される仕組み、そんな事を目指しています。

(※写真は、向島アート展(2009)作品集です)。


 昨年の向島アート展の中から、向島をテーマに描いてくれた人、
中村豪志さん、はせがわゆうじさん、長縄キヌエさん、加藤龍勇さん、秋元理恵子さん、
牛山歩さん、撫子凛さん、樋口裕子さん等の作品が収まっています。

「カレンダー」としても、
「ポストカード」としても使えるよう
1つにファイルした「作品集」!。
 1200円(12枚)で発売中!です。

曼陀羅web・向島アート展実行委員会 代表 樋口雄一


向島アート展開催間近!

暑い日もだいぶ和らいできました。
皆さん今年の夏は如何お過ごしたでしょうか?

さて、いま迄なんどもあちこちで言っていましたが、
いよいよ来週(9/13日・月曜日)から、2週間墨田区で
第2回向島アート展を開催します。

昨年に引き続き今年で二回目になる
向島アート展ですが、

平成のシンボルともなるスカイツリーの麓
昭和の雰囲気が残る向島界隈(押上から曳舟)
のお店9店舗を借りてアート作品を展示しております。

今年は40名の作家が参加してくれました。

イベントも2週間毎日やっています。
是非一度見に来てください。

昨年の展示会から生まれた作品集
(カレンダー付ポストカード)も発売予定です。

(今週一週間は墨田ケーブルにも出ております。笑)
1 番組名   J:COMすみだ(2チャンネル)ウィークリーすみだ
2 放映予定日 平成22年9月5日(日)〜9月11日(土)
3 放映時間  各日 午前9時・正午・午後3時・午後8時の4回


夏の終わりに

九月に入ったせいか
何となく日差しが弱くなって来たように感じるのは
私だけでしょうか?

一日に6リットルの飲料水を飲んだ
7月末のような勢いはないです。

確かにまだ35度なんて言っていますから
暑いし、猛暑日なんですが。
暑さに厚みがありません。

力の無くなった日差しに少し寂しさを感じるのは
自分が夏が好きなだけでしょうか。

もうじき向島アートの秋です。
http://mkjart.blog88.fc2.com/


直せない欠点

言われても言われても(注意されても)
直せない事ってありますよね。

人の性格とはいつ頃から構築されるのか、
生まれてくる前から決まっているのか、
その人の環境によっても変わるものなのか?

僕はいくつになっても気付けばある程度は直せる
(他からはそう見えるようにできる)とは思っているのですが・・・。

しかし
ゴルフの練習場で時々気になるのが、
人の直せない欠点を指摘する人。

いますね、そう言う人。

今日もいました。

それが言われてすぐ直るような事とかだったらいいのですが。

「◯◯さん最近飛ばなくなったねえ」

「打ち方変わったね、勢いがないよ」

と、人の心をくじくような事を平気で言う人がいます。

こういう人には友達がいるのだろうか?
心配になってきます。

多分親友のような人がいないのだろうなあ、
いれば注意するだろうし、

と思うと、
自分の言動も気になってきました。

ねえ、ぼくみなさんに迷惑かけていないですよねえ。

(なんかJAROの広告のようになってしまいましたが、
 心配になってきました。)


暑さの所為?

このところ続いているうだるような暑さに
マイっている人も多い事でしょう。

自分にとって久しぶりの休日だったので
いろんな事をやろうと計画を立てました。

が、さすがの僕も暑さに負けました。

これじゃしょうがないプールでも行って身体を冷やそうと
近所の区民プールに行きました。

が、休業日だった。

こんな事はよくある事ですが、
帰りに寄ろうと遠回りした喫茶店は18日まで夏休み。

他にも会いにいった人が避暑で都内にいなかったり、
コンビニに食べたいアイスがなかったり、
何故か自分の欲求が空回りする事が多い日があるものです。

昨日はそんな日でした。


夏休み終わり。

あっという間に田舎で過ごした3日半の
夏休みも終わりました。

正直、今回はお墓掃除だけのとんぼ返りだったので、
温泉にも行っていないし、
ゴルフも満喫したとは言えず、
(とは言っても早朝気味のショートコースには一度行きました)
余り休んだ感じがしていません。

でも、昨日今日から田舎に帰る人の渋滞を考えたら、
これで良かったかなと思います。

これから、
アロニアの販売用の袋をつくったり、
向島アート展の準備をします。


今晩から新潟。

向島アート展の準備も思ったように進んでいませんが

妻の絵の搬入
http://www.mandala-web.info/contents.php?id=9
があって、それを済ましたら、
そのまま新潟に帰ります。

新潟ではアロニア畑をみたり
安中由依さんと会って今後の打合せをしたり、
おじいちゃんおばあちゃんと温泉に行ったり、
短い滞在期間の割にはやる事がいっぱいです。

それでも行こうかなゴルフ。


夏休み。

今週初めは妻の実家(柏)に行って夏休みの前半を過ごし、
今週末は新潟の実家に行って後半を過ごす。
(とは言っても両親はとっくに亡くなってしまったが)

夏休みほど楽しいものはないとおもう
感覚的なものは子供の頃から変わらない。

多分生まれ月の所為かもしれないが、
7月で59歳を迎えた僕は来年還暦である。

「どうも実感がわかない」と
同じ世代のみんながそう思っているのは、
元気な証拠か?
自覚が足りないせいか?


村松高校同窓会

昨日、
新潟の地元高校を卒業して関東に出て来た人達の同窓会があった。
今回僕は昨年に引き続いて二回目の参加。

昨年間違って参加した高校の同窓会であったが、
(僕だけ中学の同窓会)
新たな友達二人(勿論僕とは中学の友達でその後村松高校に行った人)を
誘った事もあってどんどん知合いが増えて行く。

また、今回ゲストでいらっしゃった
オペラ歌手の丹藤亜希子さんは、話を聞いたら高校が同じだった。
マイクを1m以上も離して聞かせる「荒城の月」は絶品だった。
何よりも良く笑う元気な笑顔が魅力の女性でした。

二次会では安中由依さん(これまた五泉高校)と
二曲だけのライブを行った。

不思議な縁で、この日二次会の司会をしてくれた人は
実はなんと、由依さんのおじいさんの弟さん。?!

更に僕が由依さんの紹介の為に舞台に立って自己紹介のつもりで、
自分の出身地を言ったらそれを聞き逃さなかった人がいた。

小学校のときよく遊んでくれた隣りのお兄さんだった。
およそ50年ぶりの再会。いやあ嬉しかった。

由依さんのライブは一次会の会場と違って、
(持ち込んだ音響設備でやったため)
若干(かなり)音響に問題はあったが、
暖かい対応と、アクシデントに強くなった?
安中由依さんの度胸で無事終了。

予定していたCDも完売してまずまずの盛況でした。
来年は頑張るぞ!と終わってから
吠えた僕と由依さんでした。

また、挨拶に来てくれた人に
由依さんと地元新潟でアロニアライブを
企画しているんですよと、話をしたら、

サンファーム泉さんの事も金鵄盃さんのことも良く知る人で
年末我々を呼んでくれるかもしれない、
と言う嬉しいおまけ迄付いた楽しい会でした。

お世話になりました皆様
本当にありがとうございました。


ゴルフの楽しみ。

毎朝ゴルフの練習場に行くのは、
ただ練習をしに行くだけではなく、
知り合いになった人と挨拶する事も楽しみの1つです。

7/1にコースに行って来た76歳のYさん
(ちびまる子ちゃんのお爺ちゃん似)に
「昨日の調子はどうでした」?
と聞くと
「いやー、ラフが深くて参っちゃったよ。
キャディーがちゃんと見てくれていないと、すぐ
ロストになっちゃうんだよ」
と言う。

(彼は、コースでルールを厳しく教えてくれる人を
 ”うるさい人”と言う人だ)。

「じゃあ、いっぱいロストしたんですか」?
と聞くと、帰って来た答えは、

「いや、俺は1ッコしか拾えなかった」

誰も拾った話は聞いていないのに。

Yさんのゴルフに対する姿勢は、
僕の漫打等ゴルフより更に
ゴルフの楽しみはスコアだけじゃない
と言う事を物語っている。


う・そ会準備。

今週土曜日はいよいよ「う・そ会]です。

もう返しは作ったし、(返しは最低でも1週間から2週間は寝かせないといけません)
そばの発注も済ましました。(そばはぎりぎりに引いてもらったものを使います。金曜上がり)
出しは前日に作ります。(出しは寝かすと悪くなります)笑

金曜日に(粉の質を見るため)少し練習を兼ねて家でそばを打ちます。
まあ、討ち入りと試食会みたいなもんです。

そばは、こんな事をいうと食通の人に失礼ですが、
つけ汁で味の評価が変わります。
つまり、しっかりそばが打てて、奇麗に切れて、ちゃんとゆであがったそばは
そばの味よりも汁の味の方が、味の評価に繋がるのです。
(勿論今回も良いそば粉を使っていますよ)

しかしそば会を家でやっていて思ったのは
そばは味ではないなと言う事でした。
つまりもてなしがどの位完璧に出来たかなのです。
そしていつも悔いが残ります。

それで次はもっとうまくもっと上手に、
と言ってハマってしまうのですね。

一度でも参加した事のある人は知っていると思いますが、
う・そ会は正式には玄さんの
「さぬきうどんをおいしく食べる会」と
「僕の家でそばを食べる会」の二つが一緒になったものです。

玄さんは自分の病気(筋ジストロフィー)と闘いながら、
毎月第一と第二の週末は自分と同じ病気をもっている人のいる人の病院を廻って
うどんを振る舞っています。
その他の週は誘われると全国何処でも出かけていきます。

僕は義父が生前、退職して趣味で始めようと用意していたそば道具を
形見分けにもらって始めたのが最初です。
上手くは無いが精いっぱい打ちます。

今年も多くの人に来てもらおうとメールを出しました。
が、メールの返事の返って来ない人も何人かいます。
みんな楽しみにしていたはずなので、
返信も出来ないほど忙しいのかなあと思うと少し心配です。

2010.06.22


先月の終わりに

新潟県五泉市の高校生が上京して来ました。

その時に僕も一緒に相談を受けていたのでした。
昨日の朝日新聞に取り上げられています。

果たして、本当に東京より田舎の方が
仕事はないのだろうか?
(農家の跡継ぎも含めてですが)


東京で仕事を探す場合、
大手企業の就職や、技術職の仕事には
専門職が濃くなっている分だけ、
普通高校の卒業生が昔程気楽に
職種を選べなくなっているかも知れません。
(絶対そうとは言えませんが、面倒な時代になっています)

僕の過ごして来た業界の話になりますが。
僕は絵の勉強もしたことがなかったし
デザインの学校も行ったことがありませんが、
面接ではスケッチで通りました。
(専門学校にも行っていないので作品と呼べるものもなかったのです)。
当時はそれが通用しました。

絵で「飯を食べる」と言うことだけで考えると結構仕事はありました。
漫画家、アニメーター、イラストレーター、画家、デザイナー、等々です。
(今まで僕はそれらを1つ1つ仕事で学んで来たのですが?
今は最初からそれらを絞ってかからなければなりません。つまらない話です)

でもねえ、僕の本心は
本当は特別野望があって出てくるのでなければ
みんなに田舎に残っていて欲しいと思うのですよ。
(田舎を飛び出して来た僕が言うのもなんですが)

これからの日本の経済を考えた場合
農業は絶対重要な職業になるとおもうのです。

田舎で土地を使って行政を巻き込んで
新しい仕事は作れないのだろうか?と思いますね。

例えば田舎で従兄が始めた「アロニア栽培」とか、
それを山いっぱいに植えて新しい産業にするとか。

もっと他にも探せばいっぱいあるはずです。
農業を経済と一緒に考えたら、
新しい仕事が作れるかと思うのですが。


田舎で思う。

僕の田舎は新潟です。
帰る度に思うのは景色の素晴らしさと人間の暖かさ。

なのに何で東京にいるんだろう?

僕の実家は父も母もとっくに亡くなっているので、
家はあるものの荒れ放題。
友達とも連絡をとっていなかったので、
帰ってもいわゆる同級生とも会っていません。

家の修理に帰るわけでは無いので結局は親戚の世話になります。
本家(親戚の家)で三食いただいたりする事もよくあります。

でも、20年前頃、親の見舞いがてら帰る事が多くなって、
その度に新しい知り合いが少しずつ増えていきました。

知り合いは、やがて友達や親友になっていきます。
すると田舎に帰るのが少し楽しみになります。


何で田舎を飛び出したか?

それは漫画家を目指した、と言う事も勿論あるのですが
もう1つは新しい事ができにくい保守的な環境にもあったと思います。
(実際、イラストレーターや、デザイナー、アニメーションには関わって来ましたが、
漫画家にはなっていません)

今回田舎でよく聞いた意見は、
「政府は(自民党でも民主党でも)もっと農家に金をばらまかなけりゃ日本の農家はダメになる」
と言うものでした。
田舎の環境がよく伝わってきます。ショックでした。
自分たちでは何もできない、政策に寄って生かされている感じがします。

減反政策で骨抜きになった農家は(今は老人が多いのです)
もう新しい事にチャレンジする気力を無くしています。

たまに集団で米つくりに挑戦するグループがいますが、
(個人で勝手に米を作る事はできず、減反の報酬は地域に対して行われます)
結局潰されてしまいます。(こういうところにこそ政府はお金を出して欲しいものです)

米を国内で作らせないで米を海外から輸入しています。
この矛盾にだれも楯つけません。

そんな田舎を早めに捨てた僕ですが、
もし僕が田舎に残っていたとしたらどんなコトができただろうと思う事があります。
(思うだけですが)

自分のできる事は限られていますが、
田舎で新しい事をやろうとしている人や、
田舎が好きで好きで休みさえあれば田舎に帰っている友達もいます。
そんな人の協力は惜しみません。

田舎の人達が集まる同窓会や同郷会が毎年都内でありますが、
あれは田舎でやるべきだと思います。
(僕は田舎の「好き度」を測るのは、年に何回帰るか?を単位にすればいいと思っています)

そうすれば、田舎を知る人が田舎に帰っていろんな情報を流すし、
地元で集会を開けばそれだけでもお金は地元にながれるし、
田舎はもっと活発化すると思います。

最近の田舎に対する悔しい思いです。


五泉アロニア

一年ぶりに新潟に帰って来た。
最近は新潟に帰る事も随分楽しくなってきた。

今回はアロニアづくしであった。

ここで(曼陀羅webのお菓子の島で)何度もお知らせしたサンファーム泉さんの
アロニアの発売ルートを作るために文字通り走り回ってきました。

おばあちゃんを連れて温泉に行くと言っては
うららの杜で美味しいと評判のケーキ屋さん「エリカーノ」さんで
「アロニアの美味しいお菓子作ってください」とお願いしたり、

地元の金鵄盃酒造に行って、打合せをしたり
(アロニアのリキュール酒とにごり酒を既に発売しているところ)
新潟はローソンとスーパーさいとうにありました。
東京では新潟のアンテナショップ「ネスパス」にあります。

豪農の屋敷、五十嵐ガーデン(ビール工場)に頼んでみたり、
地元大手の代理店に相談しにも行来ました。

更に東京で歌手活動をしている
安中由衣さんにアロニアコンサートを新潟で開きませんかと頼んでみたり

東京への帰り道でもカフェ「石木」さんに寄って
アロニアのジェラード作りを頼んできました。

「アロニア」を全て同じデザインの「五泉ブランド」として出したいと思っています。
そして五泉の村おこしになればいいなあと思っています。

昨日知り合いから、
「2〜3日前の新聞に載っていたよ」と言っていました。

もうじきアロニアが大きなうねりになってくるような気がしてきます。
楽しみです。


気まぐれなブログ。

一寸ビックリ
いくら気まぐれとは言え
二月からこの気まぐれブログ更新していなかったのですね。
自分でも少しビックリしました。

まあ、ゴルフのことは毎日でも書けるのですが
(それは時々スポーツの島で書いています)
ブログで自分の近況を書くとなると、
書くことより日々動くことの方が多くなる訳です。
なんせ、今でも体育会系なものですから(笑)

なので、ツイッターとかできません(悔)

今年はやなせさんの誕生日プレゼント
(やなせうさぎの人生ゲーム)を作ったあとは
少し、休養?して
ライブに行ったり本を読んだり人に会ったりしながら
いろんな妄想を掻き立てていました。

人にはものすごく会っています。(ほぼ毎日)
人と会って得られる情報はたとえその情報が
テレビからの情報であっても
(僕はテレビを殆ど見ないのですが)
テレビの影響を知る意味でも参考になります。

でも、テレビの話しはどうでもいいです。
皆もっと自分の話しをしようよ、
です。
政治の話しや事件の話しは
みんなニュース解説そのままで意見は言えるが
解決案がない。

意見を言うのに責任をもっていないのは
テレビの受け売りで自分で考えていない所為だと思う。

でなきゃ、小泉さんや、鳩山さんを選んでおきながら
いまさら・・・
と思います。

そんな中で
足立区の主催する異業種交流会に
ひょんな経緯から参加することになりました。
商品開発を提案して採用され現在進行中です。

スカイツリーの中のお店のコンセプトワークも頼まれ提案しました。

人と会っていると(勿論出会いは時間もお金も使いますが)
いろいろなものが入ってきます。
情報はその人のやる気だとか、勇気だとか、思慮深さだとか、
を一緒に伝えてくれます。

今までであった人に感謝、そして
また今日もいい人と出会えますように。


やなせたかし91歳誕生日パーティー

昨日やなせたかしさんの誕生日パーティーに行って来ました。

やなせさんも元気で歌をうたいっぱなしだったし(毎年ですが)
いやーたのしかった。
元気もいっぱいいただきました。

思えば8年前、
妻の「詩とメルヘン」の受賞者達の主催?した誕生日パーティーに
連れ添いとして参加させていただいたのが最初でした。

当時は妻の陰に隠れて?の参加でした。
その時のお手伝いは屏風の後ろに隠れて、マイクロフォン渡す時
「ハイ」と言う言葉に合わせてスイッチを入れる係でした。
(マイクに巻かれたイルミネーションのスイッチを入れる役)

それがだんだん出しゃばりはじめて
昨日は8年目にしてはじめて壇上にプレゼンティターとして上げさせていただきました。
(「詩とメルヘン」の受賞者でも無いのに)

今年のプレゼントはやなせさんの91歳の誕生日にちなんで
「やなせうさぎの人生ゲーム」です。

やなせさんの作ったキャラクターが誕生日ごとにDP(ドリームポイント)を貰って、
91歳の誕生日に向かって走ります。

DPを一番多く集めて誕生日会場に駆けつけた人の勝ちというゲームです。
(はい勿論タカラトミーの人生ゲームのパクリです。でも絵もコピーも全て「詩とメルヘン」の受賞者達が力を出し合って作ってくれました。僕も構成を手伝いました)。

「やなせうさぎの人生ゲーム」をやなせさんに説明をすると
「さすが詩メル(詩とメルヘンの)の作家達だ。みんなの実力は素晴らしい」と褒めていただきました。(※この詩メルの人達は、曼陀羅のメンバーにもなっていただいています)

この褒め言葉は、その前日迄みんなボロボロになる迄徹夜で作業をした事も吹っ飛んでしまいました。記念になる作品です。


無駄の効用。

僕はあまり時事ネタは書かないようにしているのだが、
最近のラジオのニュースを聞いていてちょっと気になった事を書いてみよう。

それは「世の中厳しくなったなあ」という事です。

僕はいい加減で曖昧な男です。
効率化だとかシステムだとかエコだとか合理的だとかがあまり好きではありません。
人生はこれからも遊びながら生きようと考えています。
無駄な事などこの世に存在しないとも思っていま。

みんな不景気で心にゆとりがなくなったからなのか、
自由になり過ぎた時代を反省する風潮が蔓延しているのか分かりませんが、
「なあなあ」を許しません。(マスコミがリードしていると思うのですが)

朝青龍の事も国母和宏選手のこともそうです。
「先に言わなきゃ分からないでしょ」とは思うのですが、
やった事に対しては騒ぐ必要はないと思います。
むしろニュースにする必要はないと思っています。
(TVを見ない僕には知らなくてもいい事だったのです)

手が悪いのにモンゴルでサッカーをやったとか、巡業中に酒飲んだとか
(暴力は否定しますが)果ては引退してすぐハワイに行ったとか
(傷心の力士も北に行かなければならないのか!?とつっこみたくなります)

朝青龍の日常を追い回してニュースにしてきた今迄の報道には
記者の質が堕ちたと言うか相撲に対しての愛情どころか
悪意に満ちていたように思います。

相撲協会も国技でもないものを国技のように言い、
日本人に帰化したわけでもない外人をどんどん土俵に上げ、
星の分け合いを許さず(神事だとするならそれでもいいじゃないか)
ガチンコで、勝った弾みでのガッツポーズを批判する。
あれじゃ選手はどうしていいか分かりません。

スポーツ選手の取材は報道する人の意志でどうにでもなると思う。
(実際取材なんて、言葉を繫いで局の主張するように編集しているではないか)
スポーツ選手のどうでもいいような悪いところを見せるのは
僕は百害あって一利無しだと思っている。
(例えば国母選手の服装の乱れなんか今の若者に対する見せしめのようにしか思えない)

それより(注意するのは陰でしておいて)活躍しているカッコいいところを見せておけば
子供はその人に憧れて目標を持ち上を見て育つだろう。
この夢を次の世代に伝えると言う使命を最近の記者は忘れている気がする。
それより「今売れる記事」を作る事だけ考えているのではないだろうか。

スポーツ自体が子供に夢を与える使命を持っていると言う事を記者なら分かっていてほしい。

その人物の実像でなくとも僕は構わないと思う。
一寸前の亀田選手のデビュー試合から何試合かの時も、なにも常識のない生意気な部分を本人らしさと言う事なのか
(多分生意気の方が評判になって視聴率が上がると思った局が何も注意しなかったどころか歌迄歌わせて煽っていただけだろう)
早めに注意をすればああは成らなかったと思うが、今はその回り道も良かったかなと思っている。

そう言う意味でも僕はいい加減が好きで、
無駄な事などこの世に存在しないと思っているからだ。
朝青龍も国母選手もこの無駄な事件が有意義になってくれる事を望む。


アートバースディ


1960年代に1/17日をアートディと名付けた人がいて
それから毎年1月17日をアートの日として
世界同時パーティをやっているのだそうです。

僕はその日東京の日暮里にあるパーティーに行ってきました。
  そのもようは各国からリアルタイムでwebで発信されていたようです。
  バンクーバーから来た方も中国茶のティーセレモニー
  をやってくれながら配信もしていました。

写真はアーチストのカメラマンが連れてきた
ロリータファッションのモデル達。

ロリータ、ゴスロリ、コスプレの違いを教わりました。


ちょっと前の事。

今さらですが、
昨年末(実はクリスマスの日)竹ノ塚の元渕江公園脇にある
石釜ピッツアのお店「エックイ」に行ってきました。
http://r.tabelog.com/tokyo/A1324/A132404/13024842/

我々夫婦にとってはクリスマスは
どうでもよかったのですが
イルミネーションを見る事を理由に
歩きたかっただけなのですが、
時間が遅すぎたのか公園は真っ暗でした。

なので、急遽予定を変え「エックイ」で食事をする事にしました。
寒い外を歩いて温かい店に入り
熱々の釜焼きピッツアを食べ、
ビールで喉にながしこむ、
最高です。

実はピッツアも美味しいのですが、
此処に来た目的はもう1つあって、
オーナーは美術にも興味を持っていらして
妻の展示会に何度もきてくださっていたのですが
お会いした事が無かったのです。
(勿論お店には何度か行って食事をした事はあったのですが)

そこで、この日挨拶しておこうと
思って寄らしていただいたのです。

自己紹介したら、早速話しが合い
「琳派」の話しで盛り上がりました。
おかげでお宝の尾形乾山の器まで見せていただきました。
ワインもごちそうになり満足した一夜でした。

とってもいいプレゼントをもらった気分で帰りました。


明けましておめでとうございます。

皆様、本年もよろしくお願いします。

いただいた方々に出す年賀状の返事が未だ出来ていません。
ただいま準備をしています。
しばらくおまちください(汗)

メールで挨拶をした人も
アドレスが変わったのか、こちらの入力ミスなのか
40人あまりの方のメールが戻ってきています。

改めて確認してみますが、
お心当たりのある方、ご連絡いただければありがたいです。


昨年は「向島アート展2009」に明け暮れた年でした。
初めは五月からはじめるつもりで、
一月から準備を進めていましたが、
準備不足で9月に成りました。

その間何度も向島に通いました。
作品を飾っていただけるお店を探して、
何度か通いお店の人と仲良くなったところで
お話をさせていただきました。

おかげでお店の方達や地元の方達とも
近しくさせていただき少しは向島通にもなりました。
その他イベントのやりかたもいろいろ教えて頂きました。

すべて経験しないと分からない事だらけでした。
すごくいい勉強させていただいた一年でした。

また、年末にサンファーム泉便りでもお知らせしましたが、
アロニアの実がアロニア酒として商品化できました。

これは、私の故郷、新潟の五泉市で従兄が
村おこしのため同級生8人(みんな63歳です)と五年前から植樹していた
ものが実を結んだはじめての商品です。

私は三年前から従兄から
「アロニアの商品ができたらデザインをたのむ」
と言われて田舎に帰る度アロニア畑に行って
見たり話をきいていました。

今回最も信頼できるデザイナーが
裕子の絵を使って素晴らしい作品に仕上げてくれました。
今年の年末にはアメリカでの発売も決まっています。

そんなこんなで昨年は過ごしてきましたが、
今年は昨年以上に具体的な物作りに挑戦して
結果を出してくつもりです。

今年もよろしくお願いします。

曼陀羅web 代表 樋口雄一


打ち納め

昨日から始めた大掃除が未だ終わっていません。
が、仕事納めならぬゴルフの打ち納めに行ってきました。

(来年こそ70台を目指そうと思っています)

今日で毎日通っているゴルフ練習場は今年最後なので
毎朝会う人に「良いお年を・・・」と挨拶してきました。

自分の数年前となんと言う変わり様でしょうか。
練習場に知り合いができるそれまでは
隣りの人とも口もきいた事がなかったのに。

ゴルフの練習場を道場と考えるのと、
社交場と考えるのでこうも変わるとは。
自分がビックリです。

来年はスコアでもビックリさせてみたいなあ。


12月23日の事

昨日(念を押しますが12月23日)TBSラジオを聞いていたら、

カッキーンで
「今日はクリスマスイブ・イブ特集・・・」やっていました。

いくら何でもこれってひど過ぎると思いません?
昨日は天皇誕生日ですよ。

イブイブってつまりは何にもないってことじゃないですか。
(この弁でいくとその日が何の日でも関係なくなっちゃいます)

たとえ天皇誕生日特集じゃ無くても、テレホンカードの日(1983)、ふみの日(毎月)等でも良い訳です。

僕はキリスト教の信者でも右翼でも何でもないので、
クリスマスイブには家でじっとしていなさい。
とも思わない、どころか
日本の商業を盛り上げるこの時期のお祭り騒ぎはあっても良いと思うのですが、
いくら何でもこれはひどいなあと思いました。

TBSはわざと「天皇誕生日」と言うのを避けているのかと不自然に思いました。

何度も何度も意味のない「クリスマスイブ・イブ」を連呼し、
「今日は天皇陛下の誕生日ですが、・・・」とのフォローもない(笑)

初田啓介アナウンサーのこの日のタイトルにはウンザリしました。


ゴルフの戦略

今年最後のゴルフに行ってきました。
皆川城カントリー倶楽部です。

今回のテーマは「戦略」。

実力を知り戦略さえしっかり立てれば、
アベレージゴルファーなら
10打くらいはすぐ縮められる、
と倉本プロも言っています。

僕も本当にそう思ってスタートするのですが、
一度「あれ?」という球がでると
パニックになってしまいその事を忘れてしまいます。

今回も出足のホール(ティイング・グラウンド)で、
パターの練習グリーンにポーチを忘れてパニクってしまいました。

結果、息を切らしながらスタートしました。
すると、引っ掛けたり、意識しすぎてプッシュアウトしたり
「あれ?」「あれ?」という負のスパイラルが始まります。

こんな事では冷静な戦略なんて立てられません。
おかげで前半はスコアをまとめる事ができませんでした。

午後は(こういうときは気分を変えるのにお昼のあるのがありがたい)
ゆったりした気分でスタートしました。

パー5は、100Y(ヤード)又は50Y(自信のある距離)を残して戦略を
立てると非常に安定します。

するとバーディも取れるしパーが簡単に思えてくるから不思議です。

いつも終わる頃になってからそれに気付いているようでは
僕もまだまだです。
それだけ伸びしろがあると思えばまた次に期待できます。

今年のコースにでる予定は終わりましたが、
なんか上手い人とコースにでると気付く事が多くあって
(僕は練習でも「球の数より気付きの数」が大事だと思っています)
今から来年が楽しみです。


西新井商店街

29日は西新井商店街のイベントに行ってきました。

西新井は僕ら夫婦が十年前にすんでいたところです。
早朝ゴルフで餅つきの話を聞き、
あんころ餅に誘われて行ってきました。

フリーマーケットもあって
大変にぎわっていました。

そこでサクラちゃんと知合いになりました。
未だ二歳ですが、箸をつかって焼きそばを食べる姿が
とっても可愛いかったので写真を撮らせていただきました。


ミッキーの誕生日

おっとー。
うっかりしていました。

昨日11/18日は我々の結婚記念日でした。
(ミッキーの誕生日でもあります)。

妻が覚えていてシャンパンと
ケーキを買ってきてささやかな祝い事をしました。

昨年は僕が覚えていて、
夕食の時間になったので電話したら、
妻は知り合いと既にごちそうを食べていました。

我が家は記念日を覚えていたら何かやりますが、
忘れていたらそれでもいいか。
で、いままで過ごしてきました。

何でも気楽に考える事が
長くつづく秘訣かもしれません。

因にディズニーランドの開園年が結婚した年でもあります。


曼陀羅web会員 橘 智哉さん個展

今、目黒のギャラリーU
(http://www.sugino.ac.jp/gakuen/facility/gallery_u.html)で
曼陀羅web会員の橘さんが個展を開催されています。

僕が昨年一目ボレしたエンジンギターの制作者でもあります。
その時のコンセプトは、
「内燃機関なのにその激しさが表からは見えない、それをギターで表現した」と
言うものでした。
その
エンジンシリーズの作品を主として展示する予定だそうです。

金曜と土曜日はいらっしゃるそうなので、皆さんも是非行ってみてください。

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品川区上大崎4-6-19(杉野学園のギャラリーです)
http://st-t.net/new/index.html
(展示情報の欄)

11月9日(月)から11月21日(土)  15日(日)は休廊
12:00-19:00 最終日は17:00まで
会場には、金・土しかいないのですが、お時間ありましたらよろしくお願いします。

橘 智哉
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日本酒の季節。

寒くなってきましたね。

我が家はもうストーブの登場です。

快適な環境作りには誰にも負けないと自負する妻が
(暑いのや寒いのに我慢しないタイプなので)
出してきました。

我が家の一階はガスストーブにしてますが、
二階の仕事部屋はアラジンストーブを使っています。

このストーブは手入れは面倒なのですが、
炎が見えてあったかいです。

蛍光灯に対しての白熱灯のような位置づけでしょうか。

ストーブと言えば日本酒の季節です。

もうじき僕の田舎、新潟の五泉市で作っている
「アロニアのお酒」ができます。

ここでも紹介してきたアロニアを金鵄盃酒造さんが
お酒にしてくれたのです。

年内には新潟県内から販売される予定です。

ラベルのデザインをやらせていただきました。
早くお見せしたいのですが、もうしばらくお待ちください。


昨日デザ・フェスに行って来ました。

何人かの曼陀羅メンバーや、そのお友達、昔お世話になった会社の方々に
会って来ました。

その他五月のデザ・フェスで会って
九月の向島アート展に来ていただいていた方や、
今回の出展の連絡をいただいた方に
あにゃ飴を届けて来ました。

更に気になった作家には声をかけて名刺交換した方にも
あにゃ飴を配って来ました。

ついでにコンパニオン?らしき人にも
「あにゃ」飴をあげて宣伝をして来ました。

昨日飴を配られた皆様
私は、怪しいものではありません。


五泉応援団

私の生まれは新潟県の五泉市(ちょっと前迄は村松町でした)。

その五泉市に住む親戚に勧められて昨年入ったのが「五泉応援団」。
http://www.city.gosen.lg.jp/7/2368/002370.html

(五泉市はいま従兄が町おこしでやっているアロニア畑のあるところです。
年末にはそのアロニアを使って日本酒を市販する予定です)

「五泉応援団」は毎年秋に飯田橋で行われていたようです。
今回は11回目です。
私も故郷に対する愛着はありますので、誘われたら理由が無い限り行きます。

昨年始めて参加したのですが、内容があまりないので、
これから少しずつ変わっていけばいいなと思っています。
五泉市長と観光課長にはメッセージを送っているのですが・・・

つまり今は、お年寄りが多く、ただの慰労会みたいになっています。
それでいて「若い人が入ってくれないのが悩み」だと関係者は言っています。

夏に間違って行った村松高等学校の同窓会もそうでしたが、
(私は村松高等学校の出身者ではない)
200人以上いて、私(58歳)が一番若い方のテーブルに付くのだから信じられない。

この一年で私が知り会った人は約100人位だと思います。
その内80パーセント以上は30前後の人でした。

デザイン、アニメ、おもちゃ、音楽など業界の所為はあるかとは思いますが、
それでも今一番活躍しているこれら20代から30代の人を呼ぶ為には、
8000円の会費は高過ぎるし、村松甚句も必要無いと思います。

若い人を呼ぶには、内容を若くすればすぐ集まると思います。
(お年寄りもその方が楽しいのに)
タレントもっと若い人で東京で頑張っている「これからの人」を呼んで
みんなにお披露目をした方がず〜っといい。

だって、五泉応援団なんですから。


久々の楽しいゴルフ!

昨日久しぶりにゴルフに行って来ました。
以前私が住んでいた足立区西新井の町内会のゴルフコンペ(7組)に参加させていただいたのです。
十年前に住んでいた所ですから幹事さん他数名の方に知り合いがいます。

場所は栃木の大日向カントリー倶楽部です。日曜日ですが、倶楽部から迎えのバスが来てくれて帰りの弁当も付いて15000円ちょっとです。バブル期から見たら考えられない値段です。もっとも今は平日ゴルフに行けばその半分位ですけれどね。

風も殆どなく、秋晴れのいい天気でした。
私はコースプレーが久しぶりで、新鮮で充分楽しめました。

久しぶりとは言っても練習は殆ど毎日やっているのでドライバーも真っ直ぐに打てましたし球もよく飛びました。
昨年と比べたら10Yから20Y位は飛んでいたと思います。
友達から「いつも同じでつまらないでしょ」と冗談を言われたくらいです。
アイアンショットもほぼ思った通りに打てました。
バンカーにも一度しかつかまりませんでした。

何が変わったかと考えるとタイミングが良くなった事と、クラブの芯に当てる事が上手くなったからだと思います。
(そうは言っても私のレベルはまだボギーペース(90)ですからそれ以下で回れればOKなのです)笑

しかしショットは良いのになんで80台の後半なのかと言うと、パターが問題なのです。(アプローチではありません)。
私のレベルではグリーン回りから1ピン程度に寄れば上出来ですが、そこから2パットするのでは、やはり問題です。

「漫打等ゴルフ倶楽部※」のパット編をもう一度読み直して修正しておかなければなりません。
(※私がライフワークにしている、ゴルフの本を読んでまとめているノート。漫打等ゴルフ手帳の事)

来月にも楽しみにしているコンペが一つあります。
今度はパターの練習をしっかりして、もう少し上を目指して頑張ろうと思います。

今から楽しみです。


向島アート展打ち上げのお知らせ。

イベントと重複しますが、向島アート展打ち上げのお知らせをします。

曼陀羅会員の方には一応お知らせしましたが(もれていたらごめんなさい)
ゲストの方やお手伝いしてくださった方々で連絡できなかった人も
いらっしゃいましたのでここで業務連絡させていただきます。

10/17日向島でアート展の打ち上げをやります。
「あにゃ」の今後も含めていろんな話をしましょう。

今回出展をしなかった方、及び参加に関われなかった方でも
知り合いの方で参加希望の方は、僕宛にメールでご連絡ください。

15日のお昼で締め切りとさせていただきます。
(現在24人位?)

場所と時間等詳しくはメールでお知らせします。
(樋口)


あにゃと小学生

  昨日向島に行ったら、小学生の2クラス(63人)の生徒が、
事務局前をあっちにちょろちょろ、こっちをきょろきょろ、
画板を持って動き回っていました。

何しているのかを聞くと「向島を調査に来ました」と言います。
近所の小学3年生らしい。

そのうち一人の男の子があの井戸のポンプで遊んでいるうちに
指を挟んで
「◯◯ちゃんが血を流しました〜」
と女の子が先生を呼びにいく。
僕もバンドエイドを持って一緒に走り出す。

先生が指を抱え込んだ生徒に「手を出しなさい」と救急キットを
出して対応していたので安心して事務局にもどる。


そのあと小学生の内の何人かが興味深そうに
「ここで何しているんですか」と店の入り口で話しかけてくる。
  (授業中のせいか先生の指導が良いのかみんな行儀がいい)

鈴木荘の成り立ちと向島アート展それにスタンプラリーの話してあげると、
「あにゃかわいいー、スタンプを押したい」!というので一人にOKを出したら
次から次に入って来て店が一杯になったところで先生が来てストップ。
  小学生にも「あにゃ」は受けそうです。

子供に「あにゃ」の説明をしながら「あにゃ飴」をあげるのを
  我慢していた僕は先生に、
「あにゃ飴を生徒にあげてって言っても先生は受け取りませんよね?」
と言ったら
「いえ、喜んでいただきます」!って
にっこりした顔でいわれるので嬉しくなりました。
  勿論全員分お渡ししました。

子供達の調査が終わって帰る時、皆が並んで店の前に立ち
  先生の号令のもと、大きな声で

「あにゃ飴ありがとう」と言ってくれました。
  嬉しかったですねえ。

「あにゃ」これで、約70人の知るところとなりました。

  ※「あにゃ飴」は「工房鳩の目」に置いてあります。
  7個入り200円で発売中。


あと一週間

向島アート展も
いよいよ残り約一週間になりました。

しばらく楽ーな生活しかしていなかったためか、
日曜日もない状態に
疲れもピークにさしかかっています。

ですが、連日訪れてくれる人に
元気をもらっています。

昔からの仕事仲間から、向島アート展をやっていなければ
一生会う事のなかった人
いろんな方がやって来て元気を付けてくれます。

楽しい方や、不思議な方にもお会いして
また一つ友達ネタが増えました(笑)

未だ来ていらっしゃらないかた
あと一週間ですよ〜。
待っていますよ〜。


向島アート展18日目

昨日は憤頭さん(書で参加している作家さんの一人)が楽しい仲間を連れて
向島アート展に来てくれました。
(残念ながら紹介者の加藤さんも着てくれたのですが、すれ違いで会えませんでした)

憤頭さん含むお友達の衣でたちは三人が着物着ています。
(男性は袴をはいています)。
一人は普通の格好ですが一緒にいると不思議です、とけ込みます。

その四人が一緒に歩くと異様な気もするのですが、
不思議なほど危険な香りはしません。逆に癒し系です。
(すれ違う人に振り向かれるのはざらで時々写真も撮られるそうです)
※皆さん勝手に写真を撮るのはやめましょう(笑)

その人達と記念写真を撮っていただきました。
(いずれアップできると思います)
にゃわさんに記念写真を撮ってもらう時に
「樋口さん馴染んでいますよ」って言われました。

憤頭さんは自分のブログに向島アートの事を載せてくれています。
http://blog.goo.ne.jp/gallery_tokyo_joe/e/96bd68f61ba2826...

今度のうどん会には僕も着物着ようかな?なんて思いました。

また
チャリダーの井原くん達も友達と二人で北海道から16日かけて
チャリンコで来てくれました。
自分の旅グログでも紹介してくれました。
http://www.lococom.jp/article/A13/07/107/33094/623269/L/

他にも飛行機でわざわざ八丈島から来てくれた人がいるかと思えば、
裏にすむ外人(男性・多分イギリス人)は通りがかりに来てくれて、
絵はがきを三枚買っていってくれました。

残りの日にちもまだあります。
これからもできるだけ多くの人に会いたいですね。


向島アート展中間報告。

 今日で16日目、早くも中間地点を折り返しました。
毎日いろんな方が訪ねてきてくれます。
昨日は昔TFなど男児玩具の企画でお世話になったYさん。
現在モデラーの方がきてくれました。(もっとも曼陀羅メンバーなのですがね)
 
 折角なので東向島珈琲店に「山本さんのジオラマが展示してあるよ」と言うと
「もう見てきました、思っていたよりも良かった」と言ってくれました。

 更に昨日は新潟からアロニア酒の打ち合わせで、従兄が金鵄盃酒造の方二人を連れて
ラベルの打ち合わせでやってきました。

 僕が「食品の島」で紹介している「サンファーム泉便り」のアロニア。
最初の製品はアロニアを使ったお酒から販売のようです。

 デザインはまだこれからですが、順調に行けば今年の年末には赤いアロニア酒を
新潟のあちこちで見かける事でしょう。


豆本教室

さかいやすこさんの豆本教室を
向島アート展期間中、急遽開催決定!!
9/21(月・祝)13時〜の回 15時半〜の回
※予約制(お名前と御連絡先、どちらの時間帯に参加希望か、
アート展事務局まで御連絡下さい。お席に余裕のある場合は、当日参加可能)

各定員6名
参加費¥1000
会場 向島アート展事務局(墨田区向島5-50-3)
※手ぶらでお越し下さい。

さかいやすこさんの豆本作品は、工房鳩ノ目にて展示中です。


本日オープニングパーティー開催

本日9/5日は向島アート展のオープニングパーティーです。
3:00頃からゆるゆるとやっています。

今回参加した作家が大勢集まります。
その人達とゆっくりお話しできる得点?もあります。

都合のつく方は、どうぞお友達でも誘って、
作品を見にいらしてください。

「あにゃ」(向島アート展公式キャラクター)
もお待ちしております。

パーティーは3:00からです。

※食べ物飲み物は各自持参でお願いします。
できれば会場近辺の食料品店で、「向島アート展で使うんだけど」
と言っておもとめください(笑)

会場:事務局
東京都 墨田区向島 5-50-3 鈴木荘 1F
電話 09-4930-2805

向島アート展公式ブログ
http://mkjart.blog88.fc2.com/


向島アート展3日目

火曜から始まった向島アート展ですが、
暇かな〜と思っていたら、
初日、昨日と結構人が来てくれています。

六日にまたパリに出発する凛ちゃん(曼陀羅メンバー)も
明日アメリカに行く小川圭介くん
(先月は60数人で二子玉川から無銭で富士登山した無茶好きの若者)も
友だちを連れて来てくれました。

通りがかりの人が覗いてくれたり、作家さんが友だちを呼んでくれたり
来てくれる人は様々ですが、
また、新しい人と知合うチャンスです。
楽しみです。


オープニングパーティー

いよいよ明日から、向島アート展が始まります。

そこで、今週末の土曜日(9/5日)事務局で
オープニングパーティーをやります。
3時頃からの予定です。

時間のある人はぜひいらっしゃってください。
友だちもつれていらっしゃると楽しいですよ。

早い時間ですとスタンプラリーをやっている
他のお店(ギャラリー)も回れますよ。


ポスター

いよいよ9/1から始まる
向島アート展(http://mkjart.blog88.fc2.com/)
のポスターができました。

メンバーの一人が作ってくれました。

勝手に出力して、
あちこち貼ってください。笑


ブログがスタート

9/1日から始まる「向島アート展2009」のブログがスタートしました。
http://mkjart.blog88.fc2.com/

これから向島アート展の情報はこちらにアップします。
イベントの詳細等は都合により変わる場合があります。
出かける前にご確認ください。

「向島アート展2009」のイメージキャラを決定しました。
名前は通称「あにゃ」ですよろしく。


今週火曜日(8/11)朝日新聞に載りました。

来月から墨田区向島でやる、「向島アート展2009」のことです。

ここで何度もお知らせして来ましたが改めて説明します。

■向島・アート展2009
■日時:2009年9月1日(火曜日)から30日(水曜日)まで(一カ所10/15まで)
■場所:墨田区向島界隈のカフェギャラリー。

********************
■向島アート展とは・・・

向島が好きだったり向島に何となく興味があったりする人が
「向島に来る人に見てもらう作品を作ろう」と言う事から始まった展示会です。
(その趣旨に賛同してくれた人にも参加していただいています)。
主催:曼陀羅ウエッブ

■曼陀羅webとは?・・・商品開発プロデューサー・樋口雄一が「“楽しい”をデザインする」をモットーに、様々な分野で活動するクリエーターを集めて立ち上げた集団。
コミュニケーションの中から飛び出したアイデアを“カタチ”にし、さらには商品化への展開を企画していきます。

朝日新聞の記者さんが
非常に良くまとめてくれたので、まずはごらんください。
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000430908110001
(浴衣は持参して撮影の為に着替えました)。

これから細かい事は決めていきます(イベントも考えています)。
ここにもアップします。

※9月中は向島の鈴木荘(一ヶ月限定)におりますので、
いつでも遊びに来てください。


メディア

先月、妻(裕子)は銀座で展示会(企画展)を開いて頂きました。
その後半に千葉TVの取材がありました。
その時の放映が明日だそうです。

MCは岩本くららさん(写真右)で一緒に記念写真。
キュレータはカンマさん
妻の作品を妻より良く理解してくださっているそうです。
この業界(現代アート)に誘ってくださったきっかけもカンマさんでした。

放映される番組は
千葉テレビ「アート夢ポケット」
8月2日(日)11:15〜30
ケーブルテレビからでも見られそうです。

そう言えば私も先週来月から始まる
「向島アート展2009」の取材を朝日新聞社から受けました。
(負けず嫌いなもので)

今週か来週には掲載されるそうです。


漫打等ゴルフ倶楽部

私はほぼ毎朝、ラジオ体操の時間(6:30)に
近所のゴルフの練習場に通って打ちっぱなしの早朝練習をやっています。

ゴルフを「毎日やっています」と言うと、
すぐに言われるのが「お金がかかるでしょう」?または
「幾つで回られるんですか」?と聞かれます。

私の一ヶ月の練習場でかかる費用は約10000円です。
一万円でプリペィドカードを買うと1200発使えます。
この1200発を一日50発と決めて打つと×24日かかります。
当然休む事もありますから一ヶ月で約一万円で済んでいるのです。
(コースは別費用ですが今年は4回です)

毎日練習場に行くのはラジオ体操と全く一緒で毎日のリズムを作るためです。
それが続くのは毎日会う人と挨拶をする楽しみがあるからでしょうか。

私はゴルフを始めた20年前に一冊のノートを作りました。
(なんでもすぐにノートを作るのですが)
それは練習の成果をノートに付けるというのではなく、
ゴルフの本を曼荼羅というマスにまとめていたのです。

今まで買った(読んだ)ゴルフの本は1000冊を越えました。
これをまとめたのがたまってきたのでここで少しずつ発表していきます。
ジャンルも歴史、ルール、理論、練習、実践、健康、倶楽部、文学、と
曼荼羅と同じで八方向に伸びているからです。
(漫打等としたのは宗教とは何の関係もない事と、
ゴルフが漫画のように楽しみながら打つこと等から来るからです)

スコットランドの諺に
「飛ばすが自慢の幼稚園、スコアーにこだわる小学生、格好が命の中学生」
と言うのがあります。つまり、ゴルフの楽しみはスコアだけじゃないってことです。

なので、スコアが縮まないからすぐ「やめた」というのでは、
ゴルフの八分の一も分かった事にはなりません。
たぶん、おつきあいや接待で初めてそれで終った人達でしょう。

ではなぜそう言う人が多いのでしょう。
それは日本のゴルフの発展史に問題があったのです。
(これはあとでゆっくりと説明したいと思います)

TVで野球やサッカーを楽しむのと同じで、コースに出た事が無い人でも
(出る気がない人でも)ゴルフは楽しめますよ。


妻(裕子)の個展に思う

明日から妻(裕子)の個展が始まる。

このところしばらく徹夜での制作が続いていた。

始めの頃は寝るのが深夜二時くらいだったのが、
だんだん遅く三時、四時になり
最近は五時に起きる私と入れ違いになっていた。

それが今日やっと終った。


樋口裕子個展「吉祥の系譜」

2009/6/29(月)~7/11(土)
15:00〜20:00(最終日18:00)日曜休廊

Gallery GINZA ART LAB
http://homepage3.nifty.com/ginken/


考えたら妻の作家生活はここに来るまで
(コンテンポラリーアートにたどり着くまで)
紆余曲折があったようにも感じるが
それが良かった事はハッキリしている。

結婚する前
妻は最初はデザイナーだった。

結婚してもしばらくはカットの描けるデザイナーのような仕事をしていた。
そこから漫画家を目指した。
ある日
「漫画描いてもいいかなあ」というので
「描いてみれば」と言った。

コミックモエに応募したらわりとすぐに採用になった。
それから2年間だけ漫画家になった。

しかし、二年経ったある日。
編集者から二つに分けてある束ねたはがきを受け取った。

それは全く同じ位の量であるが、
片方はファンレター「絵がきれいだ」「面白い」といったもの
そしてもう一方が「何が面白いのか分からない」「見にくい」といった
批判ものだった。

私はこの批判読者を少しでもファンに変える事が出来れば
これは大きなファンになる、と励ました。

しかし
「好きな漫画を描かされるのはいやだ、やめた。
今度は色を使えるイラストレーターになる」
と言って、やなせたかしさんの編集する
「詩とメルヘン」に投稿した。

ここでも一回か二回目で
牧野鈴子さんと宇野 亜喜良さんに選んでもらえて入賞した。

ずば抜けて運がいいのである。

そして今回もこの企画を仕掛けてくれた菅間さんと
出会えていなかったらここまで運は巡って来なかっただろう。

作品は本人の思い込みや技術の向上もさることながら人との
縁と運も非常に大事な要素であると思った次第です。

今から搬入である。
やっと今晩からしばらくはぐっすり眠れるだろう。


ナイスミス。

いくら気まぐれブログと言っても、あまりにも気まぐれ過ぎるので、
せめて月一(それじゃまだ少な過ぎるか)頑張って二週間に一度くらいは更新してみようかと思います。

先日一枚のファックスが家に届きました。

中学のときの同級生でO君からでした。
15年前の同級会で一度会ったきりです。

私の田舎、新潟の五泉市(合併前は村松町)では、卒業後の24年目、
つまり42才になる年(厄年)に同級会を開くと言う習わしがあったのです。

何で急に?
と思ってよく見ると、高校の同窓会のお知らせです。

「まだ事務局には返事をしてないらしいけど樋口くんは来ないの?」
って、手書きで書かれ、その下に自宅の電話番号が添えられていました。

私はすぐに電話して

「高校は君と違うんだけど私も出席していいかな?」

「え?あ、やっぱり?!」

「でもその高校なら同じ学年の8割方知っているから」

「なんか、高校で会った事ないなと思っていたんだけど」

「じゃあ、頼むね」

「うんわかった、幹事に話してみる」

彼は昔からいいやつでした。よくみんなの使い走りをしていました。

その後でOKがとれた事と
「NやSやTら(中学の同級生)が楽しみにしているよ」。
と言うファックスが入って来ました。

私には楽しみな中学の同窓会になりそうです。

よくやったOくんよ!


山北パーカッションライブ終了。

昨日、山北さんとの始めてのコラボライブ「山北健一パーカッションライブ」が無事に終了しました。

来ていただいた皆様本当にありがとうございました。

予想通りのいいライブになりました。

山北さんも「いい演奏が出来て、お客の反応も良かった」と喜んでくれました。

カフェ・クレールのマスター滝沢さんからも「また次も何か企画して一緒にやろうよ」と言っていただきました。

そして、なによりも来ていただいた方に喜んでいただけたことが最高です。

久しぶりにお会いした方とお話も出来て嬉しかったですね。
「次は何をやるのか楽しみにしています」と言ってもいただきました。

自分も楽しんで、みんなが楽しんでくれる事が仕事になった、1つの理想の形が見えました。


はじめまして。

樋口雄一です。
簡単な経歴を紹介します。

1951年 新潟県 中蒲原郡 村松町(現五泉市)生まれの農家の長男です。
小さいときから絵が好きで小学生の時に、漫画家になる事を決めていました。

中学三年生で手にした漫画投稿雑誌?COMの(グラコン)がきっかけで、
新潟在住の同じ目的(漫画家やアニメーターを目指す)の友達と知り合いました。

そのグラコンには約十名ほどの会員がいましたが、そこでは既に(高校3年生)で
漫画をCOMに掲載されている女性がいたり、
その後手塚治虫さんのアシスタントになった同学年の友達がいたり
(おかげで手塚さんに紹介してもらい会う事が出来ましたが)
石井いさみさんのアシスタントになる友達がいて、
漫画家との距離がわりと近く感じられました。

私が啓蒙したちばてつやさんには
「樋口くん、漫画は幾ら絵が上手くてもそれだけじゃだめなんだよ、
社会勉強が大切なんだ」と言われ、
高校一年のとき負った大火傷の手術をした時、
手術の過程を自分の目で確かめようと麻酔を拒否して
痛い目にあった馬鹿な私でした。(勿論途中でギブアップしました)

高校を卒業と同時に上京して、アクセサリーデザイン、エディター、
スポーツ店店長、チラシデザイン、など様々な経験しながらいつも絵を描いていました。

1974年デザイン会社に入社。
おもちゃの企画やスケッチ、及びパッケージやパンフレットのデザインをしました。

関わった作品は(株)タカラのミクロマン、シリーズやリカちゃん、せんせい、チョロQ、や
(株)チェリコのビッグレーシングなど玩具の商品スケッチやパッケージデザイン等々。

また、タンサーファイブ、伝説巨人イデオン、銀河旋風ブライガー、ワンダービートSなど
アニメのロボットや乗り物の企画と基本設定(デザイン)も経験しました。
また企画だけしたものもあります。

いずれにしても、商品企画は(アニメーションもそうですが)一人でできるものではありません。
それが作品になるにはいろんな壁や山があります。
何人も関わってきますし、意見が通らない場合も多々あります。
商品化及びアニメ化になるというのは大勢の意志が関わっている事なのです。

そんな経験も活かしながら、新しい事、楽しい事を、
どんどん仕事にして行こうと思っています。


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